御書研鑚の集い 御書研鑽資料
念仏無間地獄抄 第3章 法然の邪義
【日本国には法然上人、浄土宗の高祖なり。】
日本国では、法然上人が、浄土宗の高祖です。
【十七歳にして一切経を習ひ極〔きわ〕め、天台六十巻に渡り、】
十七歳で一切経を習い極め、天台六十巻を学び尽くし、
【八宗を兼学して一代聖教の大意を得たりとのゝしり、】
八宗を兼学して、一代聖教の大意を得たと騒がれました。
【天下無双〔むそう〕の智者、山門第一の学匠なり云云。】
天下無双の智者で比叡山、第一の学匠でした。
【然るに天魔や其の身に入りにけん、広学多聞の智慧も空しく、】
ところが天魔が、その身に入ったのでしょうか、広学多聞の智慧も空しく、
【諸宗の頂上たる天台宗を打ち捨て、】
諸宗派の頂上である伝教大師の天台宗を打ち捨てて、
【八宗の外なる念仏者の法師と成りにけり。】
八宗派の外である念仏者の法師となってしまったのです。
【大臣公卿〔くぎょう〕の身を捨て民〔たみ〕百姓と成るが如し。】
それは、大臣や貴族の身を捨てて、民、百姓となったようなものなのです。
【選択集〔せんちゃくしゅう〕と申す文を作りて、】
また、選択集〔せんちゃくしゅう〕と言う文章を作って、
【一代五時の聖教を難破〔なんぱ〕し、念仏往生の一門を立てたり。】
天台大師の一代五時の聖教を論破し、念仏往生の一門を立てたのです。
【仏説法滅尽経〔ほうめつじんきょう〕に云はく「五濁悪世には】
仏説法滅尽経〔ぶっせつ・ほうめつじんきょう〕に「五濁悪世には、
【魔道興盛〔こうじょう〕し、魔沙門〔ましゃもん〕と作〔な〕って】
魔道が興隆して、魔が僧侶の姿となって出現して、
【我が道を壊乱〔えらん〕し、悪人転〔うたた〕多くして】
我が仏法を破壊してしまうであろう。また、悪人は、まるで
【海中の沙〔いさご〕の如く、善人甚だ少なくして】
海中の砂のように多く、善人は、甚〔はなは〕だ少なく、
【若しは一人若しは二人ならん」云云。】
あるいは、一人、あるいは、二人くらいであろう」とあります。
【即ち法然房是なりと山門の状に書かれたり。】
要するに「法然房がこれなのである」と比叡山の書状に書かれています。
【我が浄土宗の専修の一行をば五種の正行と定め、】
自らの浄土宗の専修の一行を五種の正行と定め、
【権実顕密の諸大乗をば五種の雑〔ぞう〕行と簡〔きら〕ひて、】
権経と実教、顕教と密教の諸大乗教を五種の雑行〔ぞうぎょう〕と嫌って、
【浄土門の正行をば善導の如く】
浄土門の正行だけを善導和尚〔ぜんどう・かしょう〕のように
【決定〔けつじょう〕往生〔おうじょう〕と勧めたり。】
決定〔けつじょう〕往生〔おうじょう〕であるとして勧めたのです。
【観経等の浄土の三部経の外、一代顕密の諸大乗経、】
無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の浄土三部経以外は、一代顕密の諸大乗経、
【大般若経を始めと為して終はり法常住経に至るまで、】
大般若経を始めとして、終わりは、法常住経に至るまで、
【貞元録〔じょうげんろく〕に載〔の〕す所六百三十七部、】
貞元録〔じょうげんろく〕に載せるところの六百三十七部・
【二千八百八十三巻は皆是千中無一の徒物〔いたずらもの〕なり、】
二千八百八十三巻は、皆、千中無一の意味のない経文で、
【永く得道有るべからず。】
これらでは、永久に得道することは、できないとし、
【難行聖道門をば門を閉じ、之を抛〔なげう〕ち、之を閣〔さしお〕き、】
こうした難行、聖道門の門を閉じ、これを抛〔なげう〕ち、これを閣〔さしお〕き、
【之を捨て浄土門に入るべしと勧めたり。】
これを捨てて、浄土門に入るべきであると勧めたのです。この法然に対して、
【一天の貴賤首〔こうべ〕を傾け、四海の道俗掌〔たなごころ〕を合はせ、】
天下の人は、貴賎を問わず頭を下げ、四海の道俗は、みんな手を合わせ、
【或は勢至〔せいし〕の化身と号し、或は善導の再誕なりと仰ぎ、】
あるいは、勢至菩薩の化身と呼び、あるいは、善導和尚の再誕と仰ぎ、
【一天四海になびかぬ木草なし。】
一天四海になびかない草木は、ないような状態だったのです。
【智慧は日月の如く世間を照らして肩を並ぶる人なし。】
智慧は、日月のように世間を照らして、肩を並べる人は、いませんでした。
【名徳は一天に充〔み〕ちて善導に超〔こ〕え、】
この法然の名徳は、一天に満ちて、善導和尚〔ぜんどう・かしょう〕をも越え、
【曇鸞〔どんらん〕・道綽〔どうしゃく〕にも勝れたり。】
曇鸞〔どんらん〕大師、道綽〔どうしゃく〕禅師よりも優れているのです。
【貴賤上下皆〔みな〕選択集を以て仏法の明鏡なりと思ひ、】
貴賎、上下、皆、選択〔せんちゃく〕集をもって、仏法の明鏡であると思い、
【道俗男女悉く法然房を以て生身の弥陀と仰ぐ。】
道俗、男女は、ことごとく法然房をもって生身の阿弥陀仏と仰〔あお〕いだのです。
【然りと雖も恭敬〔くぎょう〕供養する者は】
しかしながら、慎〔つつし〕み敬〔うやま〕って供養する者は、
【愚癡〔ぐち〕迷惑の在俗の人、】
実は、愚〔おろ〕かで迷いの俗世の人であり、
【帰依渇仰〔かつごう〕する人は無智放逸〔ほういつ〕の邪見の輩なり。】
帰依〔きえ〕渇仰する人は、無智、邪見、放逸〔ほういつ〕の者ばかりで、
【権者に於ては之を用ひず、】
権力のある者で、これを用いる人は、なく、
【賢哲又之に随ふこと無し。】
賢人、哲人も、また、これに随〔したが〕うことは、なかったのです。
【然る間斗賀尾〔とがのお〕の明慧房〔みょうえぼう〕は】
そこで京都市右京区栂尾〔とがのお〕の高山寺の明慧房〔みょうえぼう〕は、
【天下無双の智人広学多聞の明匠なり、摧邪輪〔さいじゃりん〕三巻を造って】
天下無双の智者で広学多聞の高僧ですが、摧邪輪〔さいじゃりん〕三巻を作って
【選択の邪義を破し、三井寺の長吏実胤〔じついん〕大僧正は】
選択〔せんちゃく〕集の邪義を破し、三井寺の長官、公胤〔こういん〕大僧正は、
【希代〔きだい〕の学者名誉の才人なり、浄土決疑集三巻を作って】
世に稀な学者であり名誉の秀才ですが、浄土決疑鈔〔けつぎしょう〕三巻を作って
【専修の悪行を難じ、比叡山の住侶】
専修〔せんじゅ〕の悪行を非難し、比叡山・延暦寺・東搭の住職、天台宗の
【仏頂〔ぶっちょう〕房隆真〔りゅうしん〕法橋〔ほうきょう〕は天下無双の学匠】
仏頂房・隆真〔りゅうしん〕法橋〔ほうきょう〕は、天下無双の学匠であり、
【山門探題〔たんだい〕の棟梁〔とうりょう〕なり、】
比叡山で議論を行う時の内容を定める役目の責任者ですが、
【弾選択〔だんせんちゃく〕上下を造って法然房が邪義を責む。】
弾選択〔だんせんちゃく〕上下巻を作って、法然房の邪義を責めました。
【加之〔しかのみならず〕、南都・山門・三井より度々奏聞〔そうもん〕を経て、】
それだけでなく、奈良、比叡山、三井寺より、たびたび天皇への上申書を経て、
【法然が選択の邪義亡国の基たるの旨〔むね〕訴へ申すに依って、】
法然の選択〔せんちゃく〕集の邪義が亡国の基であることを訴えた結果、
【人王八十三代土御門院の御〔ぎょ〕宇〔う〕承元〔しょうげん〕元年】
人王八十三代の土御門〔つちみかど〕天皇の時代、承元〔しょうげん〕元年
【二月上旬に、専修念仏の張本たる安楽〔あんらく〕・住蓮〔じゅうれん〕等を】
二月上旬に、専修念仏の張本人である安楽〔あんらく〕、住蓮〔じゅうれん〕らを
【捕縛〔めしとら〕へ、忽ちに頭を刎〔は〕ねられ畢〔おわ〕んぬ。】
逮捕し、安楽、住蓮らは、すぐに頸〔くび〕を斬〔き〕られてしまったのです。
【法然房源空は遠流の重科に沈み畢んぬ。】
また、法然房・源空は、流罪の重科に沈んだのです。
【其の時の摂政左大臣家実〔いえざね〕と申すは近衛殿の御事なり。】
その時の摂政で左大臣・家実〔いえざね〕というのは、近衛殿の事です。
【此の事は皇代記に見えたり、誰か之を疑はん。】
このことは、天皇の記録である皇代記にある通りで、誰がこれを疑うでしょうか。