日蓮正宗法華講 開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑚資料


背景と大意 第11章 題目弥陀名号勝劣事 (御書327頁)


題目弥陀名号勝劣事(御書327頁)は、御真筆が残っておらず、御述作の年代や宛名などは、明らかではありません。
古くは、月水御書と合わせて一つの御書で、大学三郎の女房に宛てられたものと考えられてきましたが、後に、別の御書として扱われるようになりました。
月水御書は、大学三郎の女房からの法華経、読誦に関する質問に答えられたものであり、本抄は、法華経の題号と弥陀の名号の勝劣を論じたもので、御消息の形式となっておらず、また文体にも若干の相違があり、別の御書と考える方が自然であると言えます。
御述作の年時は、諸説ありますが、月水御書の御執筆が文永元年(西暦1264年)4月17日であり、日時が接近していたから、一書と考えられたのか判断することは、難しいと思われます。
ただ、大聖人が念仏を破折された御書が残っているのは、おもに弘教の前期であったことから、文永元年の前後であっても、問題なさそうです。
本抄の内容は、法華経の題目である「南無妙法蓮華経」と阿弥陀仏の称名である「南無阿弥陀仏」また「南無薬師如来」を比較すれば、その功徳に如意宝珠と瓦礫〔がりゃく〕ほどの相違があることを明らかにされているものです。
しかし、念仏の学者は、その比較において、何かと何かを比較して、こちらがより優れていると言う文をとって、すべてに優れていると思い込み、権教で説かれている念仏を実教である法華経の題目と比較して優れていると主張しているのです。
さらには、念仏も、法華経の題目も優れていると説かれているので、おそらく、どちらも同じであろうなどと、適当なことを言っているのです。
もちろん、釈迦牟尼仏の出世の本懐である法華経の題目と、方便・権教である念仏が、同じであるなどと説かれている経文は、ありません。
あくまでも方便である浄土三部経は、衆生を法華経が理解できる機根に整える為のものなのです。
仮に過去の仏教学者の言葉であったとしても、それは、法華経の観心の法門を解釈したものか、もしくは、一時の当て推量なのです。
日蓮大聖人は、観心について、観心本尊抄の冒頭で摩訶止観・第五巻上巻の一念三千の文を挙げられて「観心とは我が己心を観じて十法界を見る、是を観心と云ふなり。」(御書646頁)と定義され、この文を解釈されて日寛上人の文段には「我が己心を観ずとは、即本尊を信じる義也〔なり〕、十法界を見るとは、即妙法を唱〔とな〕うる義也」と仰せになっています。
この本尊は、十法界つまり地獄界も含む六道、四悪道をも包含〔ほうがん〕する「一切衆生・皆成仏道」であるので、原理的には、法華経を誹謗する誹謗正法の者も、いったんは、無間地獄に堕ちますが、その後、無量劫を経て、ふたたび、この本尊に依って成仏するのです。
それ故に本抄に於いても妙楽大師の弘決の第一巻の文章を挙げられて、法華経の題目の功徳は、逆縁にも及ぶことを示されています。
妙楽大師は、弘決に善住天子経を引用されて「法を聞いて謗れば地獄に堕ちることは、無数の仏を供養する者に勝れている」とされ、法華経の題目を聞いて、これを誹謗すれば、いったんは、地獄に堕ちるけれども、阿弥陀仏などの無数の仏を供養する者よりも優れており、その理由について、妙楽大師は、弘決の次の文に「地獄に堕すと雖も、地獄従り出でて、還って法を聞くことを得。此れ、仏を供して法を聞かざる者を以て則ち校量を為す。聞いて而も謗を生ずるも、尚、遠種と為る。況んや聞いて思惟し勤めて修習せんをや」と述べられているのです。
ここで「恒沙の仏を供養する者」とは、無数の仏に供養しても法華経の題目を聞かない者を云い、たとえ法華経の題目を誹謗したとしても聞いたほうが功徳は、優れているという意味なのです。
これは、善住天子が一切の法は、空〔くう〕であるという大乗の義を説いた経典の、その中で舎利弗が文殊師利菩薩に対して、そのような甚深の法を説いても大衆が信受できず、誹謗の心を起こしたならば、返って人々を地獄に堕とすことになるという疑問に、文殊師利が答える段に「然も舎利弗、即ち此の善男子、善女人は、是くの如き甚深なる法を聞くことを得已わらば、地獄に堕つと雖も、地獄より出でて速やかに涅槃を得れども、若し善男子、善女人にして、復恒沙の数の如来・応供・正遍覚を供養すと雖も、我に取著するを以て是くの如き甚深なる経法を聞かずば、終に解脱して速やかに涅槃を証ぜざるなり」と答え、「たとえ誹謗するようなことがあったとしても、甚深の法を聞くことができたならば、地獄に堕ちた後、その地獄を出て涅槃を得ることができる。ところが、恒沙の仏等を供養しても、我見に執着して法を聞かない者は、涅槃を得ることはできない」としているのです。
善住天子経でいう「甚深の法」とは、直接的には「一切法空の大乗の法」のことですが、その究極が法華経の題目であることに他なりません。
したがって、念仏を六万遍、あるいは、十万遍、称えているなどと言っても、阿弥陀仏の供養では、成仏の縁にならず、結局は、生死の苦しみから離れられないのです。
そういう意味で念仏で成仏できると言っているのであって、まったく法華経を否定しているわけではないのです。
ですから、本抄に於いて「謗法こそ、設〔たと〕ひ無間〔むけん〕大城〔だいじょう〕に堕〔お〕つるとも、後に必ず生死は離れ侍らんずれ。同じくは今生〔こんじょう〕に信をなしたらばいかによく候なん。」(御書328頁)と述べられ、念仏を称〔とな〕えて無間地獄に堕ちるよりも、今生で題目を唱えて即身成仏する道を勧められているのです。
その証拠に、熱心な念仏者の臨終が悲惨なものである現象を挙げられています。
本来であれば、阿弥陀仏が臨終の際に来迎して、念仏者を極楽へ往生させるはずであるのに、これは、一体どういう訳なのでしょうか。
その疑問に対して、大聖人は、これこそ法華誹謗の大謗法の故であると明確に御教示されています。
妙法尼御前御返事に「されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべしと思ひて、一代聖教の論師・人師の書釈あらあらかんが〔勘〕へあつ〔集〕めて此を明鏡として、一切の諸人の死する時と並びに臨終の後とに引き向けてみ候へば、すこ〔少〕しもくもりなし。」(御書1482頁)と仰せのように臨終の時こそ、その信じた教えの正邪が顕われる大事な現証なのです。
つまり、法華経の題目こそが、この穢土〔えど〕より、浄土に生ずる正因であるのです。
観無量寿経では、浄土へ往生する為の方法を説く中で「西方極楽国土に生ずることを得せしめん。彼の国に生ぜんと欲せん者は、当に三福〔さんぷく〕を修すべし。」と三福を修すべきことを説いていますが、中国・浄土宗の善導は、四帖疏(観無量寿経疏)において、同じく観無量寿経に「汝好く是の語を持て。是の語を持つとは即ち是れ無量寿仏の名を持つなり」とある文から「仏、阿難に告げたまわく、汝好くこの語を持て」より以下は、「一向に専ら阿弥陀の名を称せしむるに在り」としたのです。
しかし、法然は、勝手に選択集で「定散の諸行は本願にあらず」と阿弥陀仏の本願以外を否定した上で「永く閉じざるは、唯これ念仏の一門なり」と念仏のみに固執、執着したのです。
つまり、観無量寿経の文では、往生の為に三福を修行すべきと言っているのに対し、善導は、この三福は、本意が念仏にあるとしたのみで、三福それ自体を否定は、していないのです。
ところが、これに対して法然は、念仏以外の三福を排斥しているのです。
これでは、観無量寿経を依経にする意味は、まったくありません。
さらには、法然は、観無量寿経より後に説かれる法華経をも三福の中の「読誦大乗」に含まれるとして、人々に法華経を「捨てよ、閉じよ、閣〔さしお〕け、抛〔なげう〕て」と説いたのです。
まだ説いてもいない経文が、その中に含まれないのは、当然であり、まして観無量寿経そのものが後に無量義経で「未顕真実」と打ち破られているのですから、法然の主張は、何の根拠もない邪義としか言いようがないものなのです。
本抄においても「眼あらん人是をば用ふべしやいなや。」(御書330頁)とあるように、これらの経文や注釈を読み、理解できる人であるなら、法然のような間違った説を信じるはずがないと述べられているのです。
しかし、念仏者の善導や法然を擁護する根拠は、主に二つであり、その第一は、「善導和尚〔ぜんどう・かしょう〕は、深き禅定に入り、悟りを得た三昧発得〔さんまい・ほっとく〕の人師であり、本地の阿弥陀如来が衆生を救うために再来した化身である。口からは、仏を化現〔けげん〕したという聖者である」と云うものであり、法然上人は、「本地〔ほんち〕大勢至菩薩の化身であり、その再来として日本国に生まれて念仏を弘め、頭から光明を現じたという聖者である」と云うものです。
どうして、これほどの素晴らしい人々を僻見〔びゃっけん〕の人などと言う事ができるでしょうかと反論しているのです。
要するに、特別な神通力や威徳を持っている人と言いたいわけです。
また、第二には「これら優れた念仏の人々が、日蓮大聖人程度が読んだ法華経や一切経を読まなかったはずがないので、それらを全て知った上で法華経を捨てて念仏に帰依したのであり、一見、凡夫には、矛盾するように見えることであっても、もっと深い道理に乗っ取っているのであって、きっと正当な理由があるはずである」と云うものです。
しかし、大聖人は、ここで「第六天の魔王は三十二相を具足して仏身を現ず。阿難尊者、猶〔なお〕魔と仏とを弁〔わきま〕へず。」(御書330頁)と述べられ、釈尊の十大弟子である阿難〔あなん〕尊者でさえ、仏身を現じた第六天の魔王によって、魔と仏の区別ができなかったと指摘されています。
もし、その神通力をもって信じるというのであれば、まず、欲望の世界を支配する第六天の魔王を信じなければならないことになり、また、その第六天の魔王を信じれば、仏教を否定し、六道、四悪道に堕ちて、結局のところは、外道の一闡提〔いっせんだい〕となって地獄に堕ちることになるのです。
説かれている教えの正邪は、文証、理証、現証によるべきで、教えの内容とは、関係のない神通力を基準にすること自体が誤りなのです。
このように仏教のすべてを知り尽くしているように見せかけながら、また、そのような人物を人々が偶像化し、盲目的に邪説に従うことによって、正法は失われていくのです。
しかし、撰時抄に「叡山・東寺・園城・七寺等始めは諍論〔じょうろん〕するやうなれども、往生要集の序の詞〔ことば〕、道理かとみへければ、顕真座主〔けんしん・ざす〕落ちさせ給ひて法然が弟子となる。其の上設ひ法然が弟子とならぬ人々も、弥陀念仏は他仏にに〔似〕るべくもなく口ずさみとし、心よせにをも〔思〕ひければ、日本国皆一同に法然房の弟子と見へけり。此の五十年が間、一天四海一人もなく法然が弟子となる。法然が弟子となりぬれば、日本国一人もなく謗法の者となりぬ。」(御書853頁)とあるように、叡山、東寺、園城、七寺など、最初は、念仏を批判していたにも関わらず、天台宗の第六十一代座主の顕真でさえ、源信〔げんしん〕の「往生要集」を、法然の「往生要集釈」を読んでわかった気になり、法然の弟子となり、また、その他の者でさえ念仏を称〔とな〕えだし、さらには、この五十年で、日本国一同に法然の弟子となり、また謗法の者となったと仰せになっています。
つまり、法華経を信じる人の中にも、源信や顕真のように「能開所開を弁〔わきま〕へずして南無阿弥陀仏こそ南無妙法蓮華経よと物知りがほ〔顔〕に申し侍るなり。」(御書332頁)と云う者が出て来て、さらに念仏無間地獄抄にも「一天四海善導和尚を以て善知識〔ぜんちしき〕と仰ぎ、貴賎上下皆〔みな〕悉く念仏者と成〔な〕れり。」(御書41頁)、また「日本国には法然上人、浄土宗の高祖なり。(中略)或は善導の再誕なりと仰ぎ、一天四海になびかぬ木草なし。」(御書42頁)とあり、念仏者追放宣旨御教書事にも「一天四海漸〔ようや〕く以て遍〔あまね〕し。」(御書162頁)とあるように、まさに大聖人の時代には、日本一国すべてが念仏の妄執の中にあって、その哀音〔あいおん〕は、国中に満ち満ちていたのです。
その中で日蓮大聖人は、ひとり念仏無間を正々堂々と主張され、末法の御本仏としての御振舞いをされたのです。


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