御書研鑚の集い 御書研鑽資料
念仏無間地獄抄 第2章 中国浄土教の善導の邪義
【仏の滅後に於ては祖師先徳多しと雖も、大唐〔だいとう〕楊州〔ようしゅう〕の】
仏の滅後においては、先師、先徳が多いといっても、唐の楊州〔ようしゅう〕の
【善導和尚にまさる人なし、】
善導〔ぜんどう〕和尚〔かしょう〕に優〔まさ〕る人はいないのです。
【唐土第一の高祖なり云云。】
唐の長安、光明寺などで称名念仏の弘教に努めた中国第一の高僧です。
【始めは楊州の明勝〔みょうしょう〕と云へる聖人を師と為して】
はじめは、楊州の明勝〔みょうしょう〕という聖人を師として
【法華経を習ひたりしが、道綽〔どうしゃく〕禅師〔ぜんじ〕に値ひて】
法華経を習っていましたが、道綽〔どうしゃく〕禅師〔ぜんじ〕に会って、
【浄土宗に移り、法華経を捨て念仏者と成り、】
浄土宗に移り、法華経を捨て念仏者となりました。
【一代聖教に於て聖道〔しょうどう〕・浄土の二門を立てたり。】
そして、道綽が一代聖教の中で、聖道〔しょうどう〕、浄土の二門を立て、
【法華経等の諸大乗経をば聖道門と名づけ自力の行と嫌〔きら〕へり。】
法華経などの諸大乗経を聖道門と名づけ、自力の行として嫌ったのです。
【聖道門を修行して成仏を願はん人は、】
それを継承して、善導は、聖道門を修行して成仏を願おうとする人は、
【百人にまれに一人二人、千人にまれに三人五人得道する者や有らんずらん、】
「百人に稀〔まれ〕に一人、二人、千人に稀に三人、五人、得道する者もある。
【乃至千人に一人も得道なき事も有るべし。】
しかし千人に一人も得道しないこともある」と述べて聖道門を否定しているのです。
【観経〔かんぎょう〕等の三部経を浄土門と名づけ、此の浄土門を修行して】
無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の三部経を浄土門と名づけ、この浄土門を修行して
【他力本願を憑〔たの〕んで往生を願はん者は、十即十生百即百生とて】
他力本願をたのんで、往生を願おうとする者は「十即、十生、百即、百生」といって
【十人は十人、百人は百人、決定往生すべしとすゝめたり。】
「十人が十人、百人が百人とも必ず往生する」と述べて念仏信仰を勧めたのです。
【観無量寿〔かんむりょうじゅ〕経を所依と為して四巻の疏〔しょ〕を作る。】
また、観無量寿〔かんむりょうじゅ〕経を元として、四巻の解説書を作ったのです。
【玄義分・序分義・定善義〔じょうぜんぎ〕・散善義〔さんぜんぎ〕是なり。】
玄義分、序分義、定善義〔じょうぜんぎ〕、散善義〔さんぜんぎ〕が、これです。
【其の外、法事讃〔ほうじさん〕上下・般舟讃〔はんじゅさん〕・】
その他、法事讃〔ほうじさん〕上・下巻、般舟讃〔はんじゅさん〕、
【往生礼讃〔おうじょう・らいさん〕・観念法門〔かんねん・ほうもん〕経、】
往生礼讃〔おうじょう・らいさん〕、観念法門〔かんねん・ほうもん〕経、
【此等を九帖の疏と名づけたり。】
これらを九帖の解説書と名づけました。
【善導念仏し給へば口より仏の出で給ふと云ひて、称名念仏一遍を作すに】
善導が念仏を称えると口から仏が出ると言い、称名念仏一遍を称〔とな〕えると
【三体づつ口より出で給ひけりと伝へたり。】
三体ずつの仏が、口から出現したと伝えられています。
【毎日の所作には阿弥陀経六十巻、念仏十万遍、是を欠く事なし。】
毎日の読経には、阿弥陀経六十巻、念仏十万遍を欠くことが、ありませんでした。
【諸の戒品〔かいほん〕を持ちて一戒も破らず、】
もろもろの戒を持〔たも〕って、一戒も破らなかったと云います。
【三衣は身の皮の如く脱ぐ事なく、】
また、僧衣の三衣は、身の皮のように脱ぐことがなく、
【鉢瓶〔はちびょう〕は両眼〔りょうげん〕の如く身を離さず】
托鉢〔たくはつ〕に用いる鉢〔はち〕は、両眼のように身から離さず、
【精進〔しょうじん〕潔斎〔けっさい〕す。】
精進して、身心を清浄にしていました。
【女人を見ずして一期生〔いちごしょう〕、】
また、女性を見ないで一生を送り、
【不眠〔ふみん〕三十年なりと自歎〔じたん〕す。】
眠ることなく三十年を修行して来たと自賛しています。
【凡〔およ〕そ善導の行儀法則を云へば、】
唐の善導〔ぜんどう〕和尚が定めた行儀法則から云えば、
【酒肉〔しゅにく〕五辛〔ごしん〕を制止して口に齧〔か〕まず】
酒や肉、ニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ショウガを禁止して、口に含まず、
【手に取らず。未来の諸の比丘も是くの如く行ずべしと定めたり。】
手に取らず、未来の僧侶も、このように修行すべきであると定め、
【一度酒を飲み、肉を食らい、】
一度でも酒を飲み、肉を食べ、
【五辛等を食ひ、念仏申さん者は】
ニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ショウガなどを食べ、念仏を称える者は、
【三百万劫が間地獄に堕つべしと禁〔いまし〕めたり。】
三百万劫の間、地獄に堕ちると禁止したのです。
【善導が行儀法則は本律の制に過ぎたり。】
善導和尚の行儀法則は、本律の禁止事項よりも厳しいので、
【法然房が起請〔きしょう〕文にも書き載〔の〕せたり。】
このことは、法然も起請文に書き載せています。
【一天四海善導和尚を以て善知識〔ぜんちしき〕と仰ぎ、貴賤上下】
このように一天四海の人が善導和尚を善知識と仰ぎ、貴賎、上下、
【皆〔みな〕悉く念仏者と成〔な〕れり。】
皆、ことごとく念仏者となってしまったのです。
【但し一代聖教の大王、三世諸仏の本懐たる法華の文には】
しかし、一代聖教の大王であり、三世諸仏の本懐である法華経の文章には、
【「若有聞法者、】
「もし、法を聞くことが有る者は、
【無一不成仏」と説き給へり。】
一人として、成仏しないということはない」と説かれています。
【善導は法華経を行ぜん者は、千人に一人も】
これに対し善導和尚は「法華経を行じる者は、千人の中に一人も
【得道の者有るべからずと定む。何れの説に付くべきか。】
得道する者は、無い」と定めています。このどちらの説につくべきでしょうか。
【無量義経には、念仏をば「未顕真実」とて実に非ずと言ふ。】
無量寿経には、念仏を「未顕真実」と言って、真実ではないと言い、
【法華経には「正直捨方便、但説無上道」とて、】
法華経に「正直に方便を捨てて、ただ無上道を説く」と言って、
【正直に念仏の観経を捨て無上道の法華経を持つべしと言ふ。】
正直に念仏の観経を捨て、無上道の法華経を持〔たも〕つべきであると述べ、
【此の両説水火なり、何れの辺に付くべきか。】
このように、この両説は、水と火のような違いがあるのです。
【善導が言〔ことば〕を信じて法華経を捨つべきか、】
善導和尚の言葉を信じて、法華経を捨てるべきなのでしょうか。
【法華経を信じて善導の義を捨〔す〕つべきか如何。】
法華経を信じて、善導和尚の主張を捨てるべきなのでしょうか。
【夫〔それ〕一切衆生皆成仏道の法華経、】
一切衆生が皆、成仏する道が法華経であり、
【一聞法華経決定成菩提の妙典、】
一たび法華経を聞けば、必ず菩提を成じる素晴らしい妙典であるのに、
【善導が一言に破れて千中無一虚妄〔こもう〕の法と成り、】
善導和尚の一言に誑〔たぶら〕かされて、法華経が千中無一の虚妄の法となり、
【無得道教と云はれ、平等大慧の巨益〔こやく〕は虚妄と成り、多宝如来の】
無得道教と言われ、平等大慧の大きな利益は、虚妄となり、多宝如来の
【皆是真実の証明の御言〔みことば〕妄語と成るか。】
「皆、これ真実なり」の証明の言葉も、すべて妄語となってしまうのです。
【十方諸仏の上至〔じょうし〕梵天〔ぼんてん〕の広長舌〔こうちょうぜつ〕も】
十方諸仏の梵天〔ぼんてん〕の上にまで至った正しいという証明の言葉は、
【破られ給ひぬ。三世諸仏の大怨敵〔おんてき〕と為り、】
善導の嘘によって簡単に破られてしまうのです。その為、三世諸仏の大怨敵となり、
【十方如来成仏の種子を失ふ、大謗法の科〔とが〕甚だ重し。】
十方如来の成仏の種子を失うと云う、この大謗法の罪は、非常に重いのです。
【大罪報の至り、無間大城の業因〔ごういん〕なり。】
大罪報の極地であり、無間地獄の大城に入る業因となるのです。
【之に依って忽〔たちま〕ちに物狂ひにや成りけん、】
このことによって、善導和尚は、たちまち狂人にでもなったのでしょうか、
【所居の寺の前の柳の木に登りて、自ら頸〔くび〕をくゝりて身を投げて】
住んでいる寺の前の柳の木に登って、自ら頸〔くび〕をくくって身を投げ、
【死し畢〔おわ〕んぬ。邪法のたゝり踵〔きびす〕を廻〔めぐ〕らさず、】
死のうとしたのです。しかし、念仏の邪法の祟〔たた〕りは、後戻りできず、
【冥罰〔みょうばち〕爰〔ここ〕に見〔あら〕はれたり。】
冥罰〔みょうばち〕が、ここに厳然〔げんぜん〕と現れたのです。
【最後臨終の言に云はく、此の身厭〔いと〕ふべし】
最後の臨終の言葉に「この身は、厭〔いと〕うべきである、
【諸苦に責められ暫〔しばら〕くも休息〔くそく〕無しと。】
多くの苦悩に責められて、少しも休む暇がない」と述べて、
【即ち所居の寺の前の柳の木に登り、西に向かひ願って曰く、】
そして、住んでいる寺の前の柳の木に登り、西に向かい願って言うのには、
【仏の威神以て我を取り、観音勢至来たって又我を扶〔たす〕けたまえと。】
「仏の威神をもって我を受け取り、観音、勢至菩薩は、来て我を助けたまえ」と
【唱へ畢〔おわ〕って青柳の上より身を投げて自絶〔じせつ〕す云云。】
唱え終わって、青柳の上から身を投げたのです。
【三月十七日頸をくゝりて飛びたりける程に、】
しかし、3月17日に、こうして、首をくくって飛んだところが、
【くゝり繩〔なわ〕や切れけん、柳の枝や折れけん、】
くくった縄が切れたのでしょうか、柳の枝が折れたのでしょうか、
【大旱魃〔かんばつ〕の堅土〔かたつち〕の上に落ちて】
大旱魃〔かんばつ〕の為に硬〔かた〕くなった土の上に落ちて
【腰骨を打ち折〔くじ〕きて、廿四日に至るまで七日七夜の間、】
腰骨を打ち折って、二十四日に至るまで、七日七夜の間、
【悶絶〔もんぜつ〕躄地〔びゃくち〕して】
悶絶〔もんぜつ〕して、はいずりまわり、
【おめきさけ〔叫〕びて死し畢〔おわ〕んぬ。】
わめき叫んで死んでしまったのです。
【さればにや是程の高祖をば往生〔おうじょう〕の人の内には】
そもそも、これほどの立派な人が極楽往生〔おうじょう〕の中に
【入れざるらんと覚〔おぼ〕ゆ。】
入られなかったのは、どういうことなのでしょうか。
【此事全く余宗の誹謗〔ひぼう〕に非ず、】
このことは、他の宗派の者が批判して言っているのではなく、
【法華宗の妄語〔もうご〕にも非ず、】
法華の宗門が作った嘘、偽〔いつわ〕りでも、ありません。
【善導和尚自筆の類聚伝〔るいじゅでん〕の文なり云云。】
善導和尚、自筆の類聚伝〔るいじゅでん〕の文章なのです。
【而も流れを酌〔く〕む者は其の源〔みなもと〕を忘れず、】
しかも、流れを酌〔く〕む者は、その源〔みなもと〕を忘れず、
【法を行ずる者は其の師の跡〔あと〕を踏〔ふ〕むべし云云。】
法を行ずる者は、その師の跡を踏むべきなのです。
【浄土門に入って師の跡を踏むべくば、】
浄土門に入って、師の跡を踏もうとするならば、
【臨終の時善導が如く自害〔じがい〕有るべきか。】
臨終の時、善導和尚のように自殺するべきでしょうか。
【念仏者として頸をくゝらずんば、】
念仏者として頸〔くび〕をくくらなければ、
【師に背く咎〔とが〕有るべきか如何。】
師に背く罪があるのではないでしょうか。