日蓮正宗法華講開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑽資料


法門申さるべき様の事 第4章 念仏・禅に下った天台密教


【又念仏宗は法華経を背きて浄土の三部経につくゆへに、】
また、念仏宗は、法華経に背いて浄土三部経を依経とする故に、

【阿弥陀仏を正として釈迦仏をあなづる。】
阿弥陀仏を正として、釈迦牟尼仏を侮〔あなど〕っているのです。

【真言師、大日をせん〔詮〕とをもうゆへに釈迦如来をあなづる。】
真言師は、大日如来を中心と思うが故に釈迦如来を侮〔あなど〕っているのです。

【戒にをいては大小殊なれども釈尊を本とす。】
仏教は、戒律においては、大乗と小乗とが異なっても、釈尊を根本とするのであり、

【余仏は証明なるべし。】
他の仏は、その証明役であるはずなのです。

【諸宗殊なりとも釈迦を仰ぐべきか。】
諸宗派は、異なっても、一様に釈尊を仰ぐべきではないでしょうか。

【師子の中の虫師子をくらう。仏教をば外道はやぶりがたし、】
「師子身中の虫が師子を食〔は〕む」という言葉どおり、仏教を外道は、破り難く、

【内道の内に事いできたりて仏道を失〔うしな〕ふべし、仏の遺言なり。】
仏教の内部で問題が起こり、その為に仏道が滅びるという仏の遺言なのです。

【仏道の内には小乗をもて大乗を失ひ、】
仏道の内部にあっては、小乗教の教義によって大乗教を滅ぼし、

【権大乗をもて実大乗を失ふべし。此等は又外道のごとし。】
権大乗教の教義によって実大乗教を滅ぼすのです。これらは、外道と同じなのです。

【又小乗権大乗よりは実大乗法華経の人々が、】
また、小乗や権大乗よりも、実大乗や法華経の人々の方が、

【かへりて法華経をば失わんが大事にて候べし。】
返って法華経を滅ぼそうとしていることの方が、最も問題なのです。

【仏法の滅不滅は叡山にあるべし。】
仏法が滅びるか滅びないかは、比叡山によると言えるでしょう。

【叡山の仏法滅せるかのゆえに異国我が朝をほろぼさんとす。】
比叡山の仏法が消滅した故に、他国が我が国を滅ぼそうとしているのです。

【叡山の正法の失〔う〕するゆえに、大天魔日本国に出来して、】
比叡山の正法が失われた故に、大天魔が日本に出て来て、

【法然大日等が身に入り、此等が身を橋として】
法然や大日房能忍〔のうにん〕などの身に入り、これらの身を橋渡しとして

【王臣等の御身にうつり住み、かへりて叡山三千人に入るゆえに】
王臣などの身に移り住み、さらに比叡山の三千人の大衆の身に入るが故に

【師檀中不和にして御祈禱〔きとう〕しるしなし。】
師である僧侶と信者の仲が不和になって、祈祷に験〔しるし〕がないのです。

【御祈請しるしなければ三千の大衆等檀那にすてはてられぬ。】
祈禱に験がないので三千人の大衆は、信者に完全に見捨てられてしまったのです。

【又王臣等天台真言の学者に向かひて問うて云はく、念仏・禅宗等の極理は】
また王臣などが天台真言の学者に「念仏宗や禅宗などの極理は、

【天台・真言とは一かとと〔問〕わせ給へば、名は天台・真言にかりて】
天台、真言と同一か」と質問すると名前は、天台、真言を名乗っていながら、

【其の心も弁へぬ高僧、天魔にぬかれて答へて云はく、】
その本義も弁〔わきま〕えていない比叡山の高僧たちが、天魔に魂を抜かれて、

【禅宗の極理は天台真言の極理なり、弥陀念仏は法華経の肝心なり、なんど】
「禅宗の極理は、天台・真言の極理であり、念仏は、法華経の肝心である」などと

【答へ申すなり。而るを念仏者・禅宗等のやつばらには】
答えているのです。しかしながら念仏者や禅宗などの輩〔やから〕には、

【天魔乗りうつりて、当世の天台真言の僧よりも智慧かしこきゆえに、】
天魔が乗り移って、当世の天台・真言の僧よりも、智慧が賢いが故に、

【全くしからず、禅ははるかに天台真言に超えたる極理なり。】
「全くそうではない。禅宗は、天台・真言より、はるかに優れた極理である」とか、

【或は云はく、諸経は理深、我等衆生は解微〔げみ〕なり、】
また「諸教は、法理が甚深で我ら衆生は、ほんのわずかしか理解できず、

【機教相違せり、得道あるべからず、なんど申すゆへに、】
機根と教えとが相違しており、得道することはできない」などと言うので、

【天台真言等の学者、王臣等の檀那皆奪ひとられて】
天台・真言などの学者は、王臣などの信者をすべて奪い取られ、

【御帰依なければ、現身に餓鬼道に堕ちて友の肉をはみ、】
帰依がないので、現実にその身のままで、餓鬼道に堕ちて友人の肉を食い、

【仏神にいかりをなし、檀那をずそ〔呪咀〕し、年々に災を起こし、】
仏や神に怒りをぶつけ、信者を呪い、年々に災難を起こし、

【或は我が生身の本尊たる大講堂の教主釈尊をや〔焼〕きはら〔払〕い、】
あるいは、自分達の生身の本尊たる大講堂の教主・釈尊を焼き払い、

【或は生身の弥勒〔みろく〕菩薩〔ぼさつ〕をほろぼす。】
また、あるいは、その脇士である生身の弥勒〔みろく〕菩薩を壊しているのです。

【進んでは教主釈尊の怨敵〔おんてき〕となり、退いては当来弥勒の出世を】
進んでは、教主・釈尊の怨敵となり、退いては、未来の弥勒菩薩の出世を

【過〔あやま〕たんとくる〔狂〕い候か。この大罪は経論にいまだとかれず。】
妨げようと狂っているのでしょうか。この大罪は、経論に未だ説かれていません。

【又此の大罪は叡山三千人の失〔とが〕にあらず、公家武家の失となるべし。】
また、この罪は、比叡山三千人の過失ではなく、公家や武家の過失となるでしょう。

【日本一州上下万人一人もなく謗法なれば、大梵天王・帝桓〔たいかん〕並びに】
日本全国の上下、万人が一人も漏れなく謗法なので、大梵天や帝釈天と

【天照大神等隣国の聖人に仰せつけられて謗法をため〔試〕さんとせらるゝか。】
天照大神などが隣国の聖人に命じて、謗法を改めさせようとしているのでしょうか。

【例せば国民たりし清盛入道王法をかた〔傾〕ぶけたてまつり、】
例えば、日本の民であった平清盛・入道が王である後白河法皇を倒〔たお〕し、

【結句は山王大仏殿をや〔焼〕きはら〔払〕いしかば、天照大神・】
さらには、日吉〔ひよし〕大社や東大寺大仏殿を焼き払ったので、天照大神や

【正八幡・山王等よりき〔与力〕せさせ給ひて、源頼義が】
正八幡大菩薩や山王権現などが加勢されて、源頼義〔よりよし〕の

【末の頼朝に仰せ下して平家をほろぼされて国土安穏〔あんのん〕なりき。】
子孫の頼朝〔よりとも〕に命じて、平家を滅ぼし、国土は、安穏となったのです。

【今一国挙〔こぞ〕りて仏神の敵となれり。我が国に】
今、一国が、そのまま神仏の敵〔かたき〕となってしまった為に、我が国に、

【此の国を領すべき人なきかのゆへに大蒙古国は起こるとみへたり。】
この国を治めるべき人がいないが故に大蒙古国が襲って来たものと思われるのです。

【例せば震旦〔しんだん〕・高麗〔こうらい〕等は天竺〔てんじく〕についでは】
例えば、中国や高麗〔こうらい〕などは、釈迦牟尼仏が顕われたインドに次いで

【仏国なるべし。彼の国々禅宗・念仏宗になりて】
仏教が栄えた国なのです。彼の国々は、禅宗や念仏宗になって

【蒙古にほろぼされぬ。日本国は彼の二国の弟子なり。】
蒙古に滅ぼされてしまいました。日本は、この二国の禅・念仏の弟子なのです。

【二国のほろぼされんに、あに此の国安穏なるべしや。】
この二国が亡んでいるのに、どうして、我が国だけが安泰であるでしょうか。

【国をたすけ家ををも〔思〕はん人々は、いそぎ禅念の輩を経文のごとく】
国家を助け、家を思う人々は、急いで禅や念仏の輩〔やから〕を経文にあるように

【いましめらるべきか。経文のごとくならば仏神日本国にましまさず。】
禁ずるべきでしょう。もし、経文どおりであれば、すでに神仏は、日本にいません。

【かれを請じまいらせんと術〔すべ〕はおぼろけならでは叶ひがたし。】
その仏神を招こうと思っても、その方法が好い加減では、叶〔かな〕い難いのです。

【先づ世間の上下万人云はく、八幡大菩薩は正直の頂にやどり給ふ。】
まず、世間の上下万人は「八幡大菩薩は、正直者の頭〔こうべ〕に宿〔やど〕られ、

【別のすみかなし等云云。世間に正直の人なければ】
その他には、住まわれない」などと言います。世間に正直な人がいないときは、

【大菩薩のすみか〔栖〕ましまさず。】
八幡大菩薩が住まわれるところは、ないのです。

【又仏法の中に法華経計〔ばか〕りこそ正直の御経にてはをは〔御座〕しませ。】
また、仏法の中では、法華経のみが正直の経文なのです。

【法華経の行者なければ大菩薩の御すみか〔栖〕をは〔在〕せざるか。】
法華経の行者がいないときは、八幡大菩薩の住むところがないという事でしょうか。

【但し日本国には日蓮一人計りこそ世間・出世正直の者にては候へ。】
ただし、日本には、日蓮一人だけが世間、出世間において正直の者なのです。

【其の故は故〔こ〕最明寺入道に向かひて、禅宗は天魔のそい〔所為〕なるべし。】
そのわけは、故最明寺入道に向かって「禅宗は、天魔の所為である」と言い、

【のちに勘文もてこれをつげしらしむ。】
後に立正安国論をもって、これを告げて、知らせたからなのです。

【日本国の皆人無間地獄に堕つべし。】
日本国の人は、皆、無間地獄に堕ちるであろうと述べ、

【これほど有る事を正直に申すものは先代にもありがたくこそ。】
これほどのことを正直に言う者は、過去にもいなかったことでしょう。

【これをもって推察あるべし、それより外の小事曲〔ま〕ぐべしや。】
これをもって推察してください。それ以外の小さい事を言う必要があるでしょうか。

【又聖人は言〔ことば〕をかざらずと申す。又いまだ顕はれざる後を】
また、聖人は、言葉を飾らないと言います。また、いまだ現れていない事を

【しるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり。】
知ることが出来るのを聖人と言います。日蓮は、その聖人の一分に当たっています。

【此の法門のゆへに二十余所を〔追〕われ、結句〔けっく〕流罪に及び、】
この法門を説くが故に二十余所を追われ、最後には、流罪になり、

【身に多くのきずをかを〔蒙〕ほり、弟子をあまた殺させたり。】
身に多くの傷を受け、弟子を多く殺されてしまいました。

【比干にもこえ、伍しそ〔子胥〕にもをと〔劣〕らず。】
殷の比干〔ひかん〕をも超え、呉の伍子胥〔ごしそ〕にも劣らないのです。

【提婆菩薩の外道に殺され、師子尊者の檀弥利〔だんみり〕王に】
提婆〔だいば〕菩薩が外道に殺され、師子尊者が檀弥羅王〔だんみらおう〕に

【頸〔くび〕をはねられしにもをと〔劣〕るべきか。もししからば】
頚〔くび〕を刎〔は〕ねられたことにも劣るのでしょうか。もしそうであれば、

【八幡大菩薩は日蓮が頂をはなれさせ給ひてはいづれの人の頂にか】
八幡大菩薩は、日蓮の頭〔こうべ〕を離れて、いずれの人の頭に

【す〔棲〕み給はん。日蓮を此の国に用ひずば】
住まわれることがあるでしょうか。「日蓮を、この国が用〔もち〕いないならば、

【いかんがすべきと、なげかれ候なりと申せ。又日蓮房の申し候、】
どうしたら良いだろうか」と嘆かれていると言ってください。また日蓮は、

【仏菩薩並びに諸大善神をかへしまいらせん事は別の術〔すべ〕なし、】
「仏や菩薩、諸大善神を呼び返すのに、別の方法はない。

【禅宗・念仏宗の寺々を一もなく失ひ、其の僧らをいま〔禁〕しめ、】
禅宗や念仏宗の寺々を一つも残らずなくし、その僧らを誡〔いまし〕め、

【叡山の講堂を造り、霊山の釈迦牟尼仏の】
比叡山に講堂を造って、そこに霊鷲山〔りょうじゅせん〕の釈迦牟尼仏の

【御魂を請じ入れたてまつらざらん外は、諸神もかへり給ふべからず、】
魂である法華経を入れるのでなければ、諸天善神も帰られないであろうし、

【諸仏も此の国を扶〔たす〕け給はん事はかた〔難〕しと申せ。】
諸仏も、この国を助けられることは難しい」と申していると言ってください。



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