御書研鑚の集い 御書研鑚資料
諸宗問答抄 背景と大意
第1章 天台の約教・約部
本抄は、建長七年(西暦1255年)、大聖人が34歳の時に鎌倉で認〔したた〕められた御書とされています。
三位房日行に与えられたとも言われていますが、末尾が欠落しており、詳しい事は不明です。
御真筆は、現存しませんが、日興上人の甥〔おい〕にあたる弟子の日代〔にちだい〕の写本が西山本門寺に現存します。
題号は、その内容により後世つけられたものです。
本抄は、大聖人が三論〔さんろん〕、成実〔じょうじつ〕、法相〔ほっそう〕、倶舎〔くしゃ〕、華厳〔けごん〕、律〔りつ)の南都六宗、また、天台宗、禅宗、真言宗、浄土宗との法論に備えられ、弟子に対して諸宗派の教義と破折の要点を問答の形で御教示されたものです。
これは、まだ「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊の四箇の格言」を述べられる以前のことです。
始めに当時の天台宗の人々は、天台大師の「法華玄義」、「法華文句」、「摩訶止観」、妙楽大師の「法華玄義釈籤〔しゃくせん〕」、「法華文句記」、「止観輔行伝弘決〔ぐけつ〕」、伝教大師の「法華秀句」、「顕戒論」、「依憑集」、「守護国界章」などを学習しながら、法華経と爾前経とは、開会〔かいえ〕の法門に依って最終的には、その義において等しいとしたのに対し、大聖人が法華経以前の経文を「未顕真実」の爾前教とし、これらを天台大師が「法華玄義」に示された「法華折伏・破権門理」の方便権教として破折するのは、間違っていると言って批判したのです。
その主張の具体的な例として、法華玄義・第二巻の「此の妙と彼の妙は、妙の義は、殊なること無し」の文章があり、「此の」とは法華経であり、「彼の」とは爾前経のことを言い、法華経と爾前経に説かれる妙の義においては、通教や別教で説かれた「妙」も法華経の「妙」と同じで、この二つに異なることはないというものです。
また、法華玄義・第十巻の「初後の仏慧、円頓の義斉〔ひと〕し」の文章があり、この中の「初」とは、華厳経であり、「後」とは、法華経のことを言い、そこに示された仏の智慧は、ともに円頓の義であり、一切衆生を速やかに成仏させる教えであることに変わりはないというものです。
日蓮大聖人は、これらの天台大師の解釈文を引いて、法華経を非難する者に対して「さぞ天台宗の人は、天台大師の法門をよく知っている」と皮肉を交えて、天台大師の教義の上から、その誤りを指摘されています。
天台大師は、五時の教判を立て、三種の教相によって、爾前・権教と法華経との優劣を明らかにしています。
前述の法華玄義・第二巻の文章のその後には「但方便を帯すると、方便を帯せざるを以って、異と為すのみ」とあり、爾前の円教は「麤〔そ〕である方便」を帯びている為に相待妙の一分はあるが、絶待妙の義はなく、法華経のみが少しも「麤〔そ〕である方便」も帯びていないので、相待すべき方便がなく純円、真実の教えとされているのです。
また妙楽大師は、止観輔行伝弘決・第五巻の二で「華厳円頓の教えには別教を兼帯しており、全く法華経の絶待妙の意を失う」と述べて、華厳経には、一切経を開会して包摂〔ほうせつ〕する絶待妙の実義はなく、法華経のみが円頓の義を有し、他の諸経は、仏慧の名のみがあっても真の義はないとしています。
したがって、これらの文章のみをもって天台大師などの解釈が、法華最勝の義を明かしていないとするのは、全くの誤りなのです。
天台大師の法門は、大別して本抄で「天台の御釈には、教道・証道とて二筋〔ふたすじ〕を以て六十巻を作られ候。教道は即ち教相の法門にて候。証道は即ち内証の悟りの方にて候。」(御書30頁)と仰せのように、天台大師の解釈書は、教道と証道の二つの柱で法華三大部の本末60巻を著わされたとされ、
その中の教道とは、経文の教説・教相について論じていくことを言い、また証道とは、経文の教説に含まれる究極の真理を証得することを言うとされています。
つまり一切経、法華経について教道、証道の二道を立て分けて、その真意を明確にすることが、天台大師、妙楽大師の目的なのです。
天台大師は、法華玄義で釈尊の一切経のうち、方便化他の教えを教道とし、真実自行の法華経を証道としています。
また、妙楽大師は、止観輔行伝弘決において、四教のそれぞれに教・証の二道を立て、蔵教および通教を教・証ともに権、別教を教は権・証は実、円教を教・証ともに実としています。
したがって証拠として挙げた二つ文章は、教道を論じたものか、証道について述べたものかで、意味が違ってくると指摘されています。
そして、それが教相門の解釈とするならば、天台大師は、三種の教相を立てて爾前経と法華経の勝劣を明らかにされています。
それでは、まず三種の教相とは、天台大師が法華経と爾前経との教説の違いを分析検討して、法華経が優れていることを三点にわたって明らかにしたもので、法華玄義第一巻下に「教相に三と為す。一には根性の融不融の相、二には化導の始終不始終の相、三には師弟の遠近不遠近の相なり。教とは、聖人、下に被〔こうむ〕らしむるの言なり、相とは、同異を分別するなり」と説かれています。
第一の「根性の融不融の相」とは、法華経の迹門と方便権教の爾前教を対比して、衆生の機根によって、その優劣を比較したものです。
爾前教は、衆生の機が声聞、縁覚、菩薩の三乗に各別されていると説かれているので不融と言い、法華経方便品では「十方仏土の中には、唯一乗の法のみ有り。二無く亦三無し」と説かれて、法華一乗の機に融合されているので「融」と言い、したがって法華経が優れているのです。
第二の「化導の始終不始終の相」とは、法華経の迹門と方便権教の爾前教を対比して、仏の化導が、いつ始まり、いつ終わるかが説かれているかどうかで、その優劣を比較したものです。
爾前教には、この化導の始終が説かれていないので不始終であるのに対し、法華経の迹門・化城喩品第七では、釈尊が三千塵点劫の昔の大通智勝仏の第十六王子であった時の下種と、それ以後、釈尊がインドに誕生して法華経を説いて未来における成仏を記別する化導の始終が説かれているので、したがって法華経が優れているのです。
第三の「師弟の遠近〔おんごん〕・不遠近の相」とは、師弟の関係が久遠以来であるか否かを比較したものです。
爾前権教と法華経・迹門を説く仏は、始成正覚であり、弟子もまた現世の一時的な結縁〔けちえん〕なので不遠近であり、法華経・如来寿量品では「我実に成仏してより已来〔このかた〕、無量無辺百千万億那由佗劫〔なゆたこう〕なり」と説かれて、また「我常に此〔こ〕の娑婆〔しゃば〕世界に在って説法教化す」と五百塵点劫の過去に成道し、それ以来、衆生を教化して来た遠近を明かしているので、したがって法華経・本門が優れているのです。
また、第一の「根性の融不融の相」には「約教」と「約部」の二つがあるのです。
つまり「約教・約部」とは、法華玄義で「三種の教相」の「第一、根性の融不融の相」を釈す段で、一切経を「化法の四教」と「化儀の四教」の八教に分けて論じているのが約部なのです。
釈迦牟尼仏が説かれたすべての経文を、その説かれた時期で区別して、伽耶〔がや〕城の近くの菩提樹の下で21日間だけ説かれた大方広仏〔だいほうこうぶつ〕華厳経の「円・別」二教を説く、「兼〔けん〕」とし、この頓教〔とんきょう)、擬宜〔ぎぎ〕の教を説かれた期間を「華厳時」と言います。
波羅奈〔はらない〕国の鹿野苑〔ろくやおん〕で12年間、説かれた小乗教の「蔵〔ぞう〕教」のみを「但」とし、漸〔ぜん〕教、誘引の教を説かれた期間を「阿含〔あごん〕時」と言います。
欲界と色界の間の大宝坊で16年間、説かれた阿弥陀経、大日経などの権大乗を「蔵」「通」「別」「円」を対比して説く「対」とし、漸〔ぜん〕教、弾訶〔だんか〕の教を説かれた期間を「方等〔ほうどう〕時」と言います。
白露池〔びゃくろち〕などで14年間、説かれた摩訶般若経などの権大乗を「円教」に「通」「別」を帯びさせて説く「帯」とし、漸〔ぜん〕教、淘汰〔とうた〕の教を説かれた期間を「般若〔はんにゃ〕時」と言います。
摩訶陀国の霊鷲山〔りょうじゅせん〕などで8年間、説かれた法華経、涅槃経〔ねはんぎょう〕の実大乗を「円教」とし、頓〔とん〕教、開会〔かいえ〕の教を説かれた期間を「法華・涅槃時」と言います。
この「華厳」「阿含」「方等」「般若」「法華・涅槃」の五時に対して「蔵」「通」「別」「円」を「化法の四教」と言い、「頓」「漸」「秘密」「不定」を「化儀の四教」と言います。
「化法の四教」の「蔵教」とは、三蔵教のことであり、経蔵(定)・律蔵(戒)・論蔵(慧)のことで、その対象は、声聞であり、この声聞を「三祇百劫(三阿僧祇劫、百大劫)」の長期に渡って、徐々に仏界へ引き上げる教えの事です。
「通教」とは、「蔵教」の声聞にも「別教」の菩薩にも通じるので「通教」と言い、対象となるのは、声聞、縁覚、菩薩の三乗であり、この三乗を「動喩塵劫〔どうゆじんこう〕」の長期に渡って、徐々に仏界に引き上げる教えの事です。
「別教」とは、「蔵教」の声聞、「通教」の声聞・縁覚でもなく、菩薩のみを対象とするので「別教」と言い、その名の通り菩薩のみを対象として、歴劫〔りゃっこう〕修行によって、段階を踏んで徐々に仏界に引き上げる教えの事です。
「円教」とは、「円融円満」であり、これに、すべてが含まれているので、九界の衆生すべてを対象にして、歴劫〔りゃっこう〕修行を経ることなく、即座に成仏する道を教えているものです。
また「化法の四教」の「頓教」とは、この即座に成仏する教えを言い、「漸〔ぜん〕教」とは、歴劫〔りゃっこう〕修行などの長期に渡って、徐々に仏界に引き上げる教えの事で、「秘密教」とは、その教えの中に仏の真意である即身成仏の教えを隠して説かないので秘密と言い、「不定教」とは、その教えで成仏を確定していないので不定〔ふじょう〕と言い、いずれも「漸〔ぜん〕教」の教えのことです。
これらを理解すれば、華厳時は、「円別」の「頓教」、阿含時には、「蔵教」の「漸教・秘密教・不定教」、方等時には、「蔵・通・別・円」の「漸教・秘密教・不定教」、般若時には、「通・別・円」の「漸教・秘密教・不定教」、法華・涅槃時には、「円教」の「頓教」が説かれており、このように法華経以外の爾前教であっても「約経」で区別すれば「円教」が説かれており、その事に注目すれば、爾前教においても円融相即を説いているので、それを「約教与釈」と言うのです。
しかし、また、五時に立て分けて約部によって区別すれば、法華時にのみ「頓教の円教(円頓)」が説かれており、爾前の円教は、方便権教を兼ねているので、これを「約部奪釈」と言って、法華経は、即身成仏の頓教の円で優れ、爾前の円教は、歴劫〔りゃっこう〕修行の円であり、「漸教・秘密教・不定教」を兼ねているので劣るのです。
それ故に大聖人は、本抄において「約教・約部に付いて与奪〔よだつ〕の二つの釈候。只今の釈は与の釈なるか、奪釈〔だっしゃく〕なるか」(御書31頁)と述べられ、それが理解できないのであれば、伝教大師が法華秀句・下巻で指摘しているように「法華経を賛〔ほ〕むと雖も還〔かえ〕って法華の心を死〔ころ〕す」(御書31頁)と述べられているのです。
第2章 開会の法門
次に「絶待妙と申すは開会〔かいえ〕の法門にて候なり。此の時は爾前権教とて嫌ひ捨てらるゝ所の教を皆法華の大海におさめ入るゝなり。」(御書32頁)とあり、この開会とは「開顕会融」または「開顕会帰」の意味であり、諸法の真実の意義を開き顕わすことによって、妙法の体内に包み込むことを言います。
法華経の絶待妙とは、法華玄義・第二巻下に「権を開し実を顕さば、諸麤〔そ〕皆妙なり。絶待妙なり。若〔も〕し上に説くが如くんば法華は衆経を総括して而も事〔じ〕は此に極まる。仏の出世の本意なり、諸の教法は皆帰〔き〕なり」と述べられています。
このように、権教を開いて実教を顕わ(開権顕実)し、麤法〔そほう〕を開いて妙法を顕わ(開麤顕妙)せば、一切経は、すべて法華経に統一されるという法門なのです。
そのことを、天台大師は法華玄義・第三巻下で「諸水、海に入れば同一鹹味〔どういつ・かんみ〕なり」と述べ、河の水や雨の水などが大海に入ると、すべて同じく塩水となってしまうように、諸経に説かれる内容も法華経が説かれれば、すべてその中に含まれてしまい、真言・禅・念仏・律などの正しいとされた文章「本の名字」は、すべて失われるという意味です。
大聖人は、この解釈について「本の名字を一言も呼び顕はすべからずと釈せられて候なり」(御書32頁)と仰せになり、法華経の実義が顕れた後には、権教の名は、一言も出すべきではないとの意味であるとされています。
開会の後には、諸経の名字をあげる意味はないのであり、海の水を元の水と区別できないようなものなのです。
このように法華経が顕わされ、絶待妙の立場で開会されれば、大乗と小乗、方便と真実の区別がなくなり、ことごとく大乗であり、真実の教えとなるのです。
その場合には、一切経は、法華経を理解させる為の序文、手段となり、念仏、律、真言、禅などを立て分ける意味は、なくなるのです。
しかし、浅薄な天台の学者や世間の人々は、この絶待妙の開会の意義を悪用し、絶待妙の開会の後は、相待妙のときに嫌われ捨てられた、華厳、阿含、方等、般若の諸経を法華経の体内の妙法になっているのだから、それぞれが心に任せて縁の有る教えを唱え持〔たも〕てば良いと主張し、その結果、さまざまな邪宗・邪義が乱立したのです。
その為に伝教大師の法華経最第一の正義〔しょうぎ〕が失われて、天台法華宗が真言密教化しただけではなく、念仏を唱えたり座禅を行う者も天台宗の中に存在したのです。
日本浄土宗の祖の法然や禅宗の祖の栄西が、いずれもはじめは、比叡山で学びながら権大乗教に堕ちていったのも、そうした土壌があった為なのです。
法華経の方便品には「邪見の稠林〔ちゅうりん〕、若しは有若しは無等に入り、此の諸見に依止して(中略)亦正法を聞かず。是〔かく〕の如き人は度し難し」と説かれています。
この文章は、密林の中のように権教をあれこれ考えて、それに固執し埋没すると、五濁の中の見思惑に捕われて、自分自身や宇宙・世界が未来永劫、存在すると言う「常見」か、自分自身も宇宙・世界も今世、限りのことであり、すべて無くなってしまうとみる「断見」により、本来は、外道の考えであるはずの邪見に陥〔おちい〕ってしまうのです。
法華経によって開会した後といっても、無得道の爾前教を正法〔しょうぼう〕である法華経と一緒にしてはならないのです。
それ故に妙楽大師は、止観輔行伝弘決第二巻の四の中で「相対・絶待俱〔とも〕に須〔すべから〕く悪を離るべし。円に著する尚〔なお〕悪なり。況んや復〔また〕余をや」(御書33頁)と述べられています。
円とは、「真円」の教えという意味であり、余というのは、「偏円」であり、不十分な権教の円を指しています。
たとえ成仏する真実の円教の法であったとしても、それに執着することは、三悪道への道となり、まして成仏しない爾前権教の偏頗〔へんぱ〕な円教では、悪法である権門に執着して、正法である法華経に背く大悪となり地獄に堕ちるのです。
「一仏乗」である金の杖を三つに折って、その一つずつを「声聞・縁覚・菩薩」に与えたように、いずれも同じ金であるので、権教、実教と言って差別するのは無意味であるという論法に対して、大聖人は、これについて、もっともらしく聞こえるが、それは、天台の学者の誤った受け取り方であると破折されています。
この義を正しく譬えるならば、法華経の「体内の権」の金の杖を仏が「声聞・縁覚・菩薩」の機根に合わせて「体外の権」として三度、用いられたことを、金杖を打ち折って三つにしたと勝手に思い込んだようなものであると仰せになっています。
それ故に、この譬えそのものが根拠のない邪見なのです。
法華経の序章、手段である「体内の権」の功徳を「体外の権」として用いても、法華経の「妙体不思議の円実(南無妙法蓮華経)」を与えたものではないので、その「体外の権」を、いくら法華経の体内であるとしても、結局、それは「体内の権」であって「体内の円実(妙法蓮華経)」とはならないのです。
第3章 禅宗の破折
次に禅宗に対しての破折をされています。
まず、禅宗は、大梵天王〔だいぼんてんのう〕問仏決疑〔もんぶつけつぎ〕経に「涅槃の時、世尊座に登り拈華〔ねんげ〕して衆に示す。迦葉破顔微笑〔みしょう〕せり、仏の言く我に正法眼蔵・涅槃の妙心・実相無相・微妙〔みみょう〕の法門有り文字を立てず教外〔きょうげ〕に別伝し摩訶迦葉〔まか・かしょう〕に付嘱するのみ」とあるのを根拠にして、禅の悟りが釈尊の説法の外に、別に伝えられたとしているのです。
その釈尊の所作によって、仏法の根本である禅の修行が摩訶迦葉に伝えられ、それがインドの28人によって順番に伝えられたとしています。
この28人とは、付法蔵の24人に婆舎斯多〔ばしゃした〕、不如蜜多〔ふにょみった〕、般若多羅〔はんにゃたら〕、菩提達磨〔ぼだいだるま〕を加えた者をいいます。
そして、その第28祖の菩提達磨が、これを中国に伝え、以下、6人によって中国の禅宗が相承されたとするものです。
これを「東土の六祖」といい、達磨〔だるま〕、慧可〔えか〕、僧燦〔そうさん〕、道進〔どうしん〕、弘忍〔こうにん〕、慧能〔えのう〕の6人と言われています。
中国禅宗の祖・菩提達磨は、南インドの国王の第三子として生まれたとされ、はじめ大乗を学び、後に禅定に励み、諸国を巡歴した後、中国へ渡って、
9年間、壁に向かって座禅を組み、禅観の奥義を悟って弟子の慧可に付法したとされています。
禅宗は、達磨を開祖とする為、達磨宗とも達磨禅とも呼ばれ、また禅宗の人々は、達磨の画像を掛けて尊崇〔そんすう〕したのです。
このように禅宗では、教外別伝、不立文字、仏祖不伝といって、経論の文字に依らず、仏祖にも依らずに、座禅に依って法門を悟るとしています。
また禅宗では、非常に難解な譬喩や聞きなれない言葉を使って自らの法門を言い立てますが、普通、衆生の機根には、上根、中根、下根の三根があるとされており、したがって仏の法門も、その機根に合わせて説かれなければならないのです。
その為、禅宗でも「理致〔りち〕」、「機関〔きかん〕」、「向上〔こうじょう〕」という衆生の機根に合わせた教化の法門を立てているのです。
「理致」とは、道理を聞かせて禅の法門を教えることであり、「機関」とは、中根の衆生に「禅の本来の目的とは」と問われて「庭の柏の木」などと言葉使いをして禅の法門を示すものを言い、「向上」とは、上根の衆生が禅行によって自分自身で悟りを開くことを言います。
このことを踏まえれば、難解なる言葉で禅法を説く者に対し、相手の機根も考えずに難解な言葉を用いて、さも仏法を悟ったかのように振る舞う禅僧の姿勢とは、仏法によって人々を救うという慈悲ではなく、無智な衆生を見下し、我一人尊しとする傲慢であるのです。
さらに「禅の本来の目的」を問われて「庭の柏の木」などと答えられて、理解できる者がいるでしょうか。
結局、答えている者も、聞いて分かったと言う者も、格好をつけただけの詭弁〔きべん〕であるのです。
迦葉が釈尊から「拈華〔ねんげ〕微笑〔みしょう〕」で禅法を授けられたと言うのも、このような思い込みだけのいい加減な話なのです。
そもそも、それが説かれたと言う大梵天王〔だいぼんてんのう〕問仏決疑〔もんぶつけつぎ〕経でさえ偽書なのです。
このように「不立文字・仏祖不伝」を強調しながら、一方でこのような偽書を使って「教外別伝」を信じたり、円覚修多羅了義経〔えんがく・しゅたら・りょうぎきょう〕に「修多羅の教は月を標〔し〕する指の如し」とある文章により、修多羅の教え、つまり経文に説かれた教えは、月をさす指のようなものであり、月を見れば指は、無用であるように、禅法によって真如の月を悟ればよいのであって、指である経文は不用であると主張しているのです。
しかし、その経文も文字であり、仏祖である釈尊の言葉であり、月をさす指ではないのでしょうか。
それを無用とすれば、何を以てそれを知ることが出来るのでしょうか。
天台大師は法華玄義・第五巻上で「文字は、是れ法身の気命なり」と述べられています。
大聖人は「色心不二なるが故に而二〔にに〕とあらはれて、仏の御意〔みこころ〕あらはれて法華の文字となれり。文字変じて又仏の御意となる。されば法華経をよませ給はむ人は、文字と思〔おぼ〕し食〔め〕す事なかれ。すなはち仏の御意なり。」(御書637頁)と仰せであり、仏の心、仏の智慧、仏の悟りは、法華経の文字に遺〔のこ〕されているので衆生を救うことができるのであって、文字を否定して、仏の心を正しく知ることはできないのです。
このように大聖人御在世の禅宗は、朝夕に真言陀羅尼を唱えたり、首楞厳〔しゅりょうごん〕経、金剛経、円覚経などを読誦したり、講じたり、天台大師を中国禅宗の祖師の一人に入れて「仏祖不伝」と言いながら、月氏の二十八祖・東土の六祖を立てて、釈尊より心の一法を伝えられたと自称し、達磨大師を始祖として崇めているなど、まさに矛盾だらけ、自語相違ばかりなのです。
それは、天台大師、妙楽大師、伝教大師が伝える法華最第一の正法に対して、その真似をして自らを言葉で飾り立て、その正当性を誇り、正法を敵視していたからなのです。
法華経・方便品に「又舎利弗、是の諸の比丘、比丘尼、自ら已に阿羅漢を得たり。是れ最後身なり。究竟の涅槃なりと謂〔おも〕いて、便〔すなわ〕ち復〔また〕阿耨多羅三藐三菩提を志求せざらん。当〔まさ〕に知るべし、此の輩〔ともがら〕は、皆是れ増上慢の人なり。所以〔ゆえん〕は何〔いか〕ん。若〔も〕し比丘の実に阿羅漢を得たる有って、若〔も〕し此の法を信ぜずといわば、是の処有ること無けん」と説かれているように、法華経を信じない者が究極の悟りを得たなどということは、増上慢であると断じられているのです。
次に天台法華宗の「即身成仏」の名目を盗用した、有名無実の邪義であることを破折されます。
禅宗では「即身成仏」「即身是仏」をとなえ、衆生の心が仏であり、我が身も即仏であるとして、凡夫の心と仏は、全く同一であると説いていますが、
なぜ禅で即身成仏となるのか、理論的根拠を何も示していないのです。
ただ「即身成仏」の名前だけがあって実体がないのですから、有名無実であり、「即身成仏」の言葉は、いくらでも使えますが、実体が伴なわなければ何の意味もないのです。
民が勝手に国王と名乗ることはできても国王にはなれないように、瓦礫〔がれき〕を宝石だと言い張っても宝石ではないように、禅宗が即身成仏の名を立てることはできても、現実にその身のままで仏になることは、絶対にできないのです。
大聖人は「其の道理を立てずして、無理に唯即身即仏と云はゞ、例の天魔の義なりと責むべし。」(御書35頁)と指摘され、何の裏づけもなく、ただ我が身が即仏であると主張するのは、仏法を破壊する天魔の所為であると破折されているのです。
本抄に「されども非学匠は理につまらずと云ひて、他人の道理をも自身の道理をも聞き知らざる間、暗証の者とは云ふなり。都〔すべ〕て理におれざるなり、譬へば行く水にかず〔数〕か〔書〕くが如し。」(御書35頁)とあるのは、禅宗の僧侶が仏法の教理を修学も研鑽もせず、座禅などの修行だけで悟りを開こうとする為、他人の説く道理が解らず、また自身の信仰する禅宗の教理にも疎いので、筋の立たないことを言って、議論に屈しない愚かな姿であることを示したものです。
このような者を「暗証の者」と呼ばれ、ただ意味も分からず、天台大師、妙楽大師、伝教大師の言葉だけを真似をして「即身成仏」を持ち出し、いかにも優れた問答をしているように見せかけ、悟ってもいないのに悟ったふりだけをして、僧侶と詐称しているのです。
だからこそ禅宗の者は、「修多羅の法は無用」と言いながら「南無三宝」と唱えているので、自らを仏教であると主張し、経典を用いず、法華経を信じないのに「即身成仏」の言葉だけは使うことなどに、自己矛盾を感じないのです。
それは、あたかも水に数を書くような無意味なことなのです。
禅僧に限らず、御本仏・日蓮大聖人の説かれる文底下種の仏法を知らず、また大聖人の真実の法門を習い極めようとしない者は、すべて「暗証の者」と言えるでしょう。
現代の人々が会い難い正法に縁しながら、仏法の道理を知らず、自分の非を認めない哀れな姿は、まさしく、この「暗証の者」に相当します。
また禅宗では、禅の修行によって「執着する情を離れよ」と教えていることについて破折を加えられています。
つまり座禅を組むことにって自分の心の中の仏心を呼び覚まし、何かに執着することを捨てて、心が動じることのないように修行するというのです。
その為に人里離れた閑静な場所を選んで、さも世間の欲望から離れた尊い法門のように誇っているのです。
しかし、その本当の姿は、自分自身の思い込みに執着し、捕われていることに気づいていないのです。
禅を修しながら、仏法の道理に基づくことなく、まったくの独断と偏見による観念的な思い込みとで、その自己陶酔や自己顕示の執着から離れられない姿は、まさに第六天の魔王に操られている姿と言って良いのです。
第4章 南都六宗・真言・念仏に対する破折
次に「南都六宗」を破折されています。
南都とは、平安京に対して平城京の奈良を指す言葉で、そこにある東大寺、西大寺、法隆寺、薬師寺、大安〔だいあん〕寺、元興〔がんこう〕寺、興福寺の七大寺の華厳宗、法相宗、三論宗、俱舎宗、成実宗、律宗の六宗派を言います。
最初は、宗派というよりも仏教について分野別に教義の研究をしている学派と言った方が正しく、鑑真が日本に来て最初の小乗戒壇を奈良に作り、さらに東大寺に大規模な国家事業としての大仏(大毘盧遮那仏)が造立されて以後は、律令体制における政治的な意味合いが強くなり、官僚の教育機関となっていました。
しかし延暦21年(西暦802年)正月19日に、高尾寺に奈良六宗の高僧14人が招かれ、伝教大師の法華経の講義を聞いて、伝教大師の講じた天台の義に反駁〔はんばく〕できなかった為、以後は、天台大師の法華第一の教判に従い、伝教大師の教えを講うことを誓う旨を同月21日に桓武天皇に奏上したのです。
それ以降、比叡山・延暦寺に根本中堂が建てられて、像法時代の奈良の小乗戒壇から京都の大乗戒壇に変わったのです。
このように六宗派を代表する高僧たちが「六宗の帰伏状」を提出し、伝教大師に帰伏して以来、日本は、聖徳太子が法華経を講義されたときのように本来の法華経の国になったのです。
しかし、その後に肝心の比叡山・延暦寺が弘法大師の真言に誑かされ、また念仏の魅力に取りつかれ、さらに権力闘争に明け暮れて、仏法に無知な武家に権力が移ったことで日本の仏教は、権実雑乱の末期的な状態となったのです。
大聖人は、これら六宗派について言わせるだけ言わせた後で、南都六宗が提出した「帰伏状」を読み聞かせて、このような事実を教えればよいとされています。
真言宗に対しては、まず「蘇悉地〔そしつじ〕経・大日経・金剛頂経」の真言三部経は、大日如来が説いたものか、釈迦如来の説いたのかを問い質し、もし、釈迦如来が説いたと答えたならば、「已今当の三説」のどれに当たるのかを問うべきであると述べられています。
法華経の法師品には「我が所説の経典、無量千万億にして、已〔すで〕に説き、今説き、当〔まさ〕に説かん。而も其の中に於いて、此の法華経、最も為れ難信難解なり」と説かれており、已〔すで〕に説いた経とは、爾前権教である四十余年の経文を言い、今、説く経とは、無量義経をさし、当〔まさ〕に説く経とは、涅槃経を言うのです。
したがって釈迦如来が説いた教説は、すべてこの三説に含まれており、法華経は、この三説を超過しているので「三説超過」、「三説の外」と言われるのです。
もちろん、真言三部経は、当然、已〔すで〕に説いた経文の中に含まれており、法華経より劣るのです。
もし、法華経と同時・同義の教説であると真言宗の者が答えたならば、法華は、純円一実の円融円満の経文であり、大日経などは「蔵・通・別・円」の四教を含む方便・権経であって、それを法華経と同じ時に同じ法門を説いたものとするのは、大きな誤りであるのです。
このように真言宗が三説のどれにも入っていないと答えた場合は、本抄で「三説の中にはいづくにこそおさまりたりと云はゞ、例の法門にてたやすかるべき問答なり」(御書37頁)と仰せであるように「例の法門」で容易〔たやす〕く破折することが可能と言われていますが、この「例の法門」とは、天台の「約教・約部」と「開会の法門」のことと思われます。
また真言三部経は、大日如来の説であると答えたならば、大日如来には、父母も生死の場所もないことを指摘して、現実に生きていない架空の仏がいくら法を説いたと強弁しても、所詮、神が宇宙を作ったと絵空事を並べる外道と同じ程度の妄想であり、何の意味もないのです。
もちろん、真言三部経は、紛れもなく釈迦如来一人の説なのです。
また、真言宗は、釈迦如来がインドにおいて成仏した「応身」であるのに対し、大日如来は、無始無終の「法身」であり、釈迦如来よりも優れていると主張していますが、華厳経や浄名経、般若経にも法身の仏が説かれており、それは、報身、応身、法身の三身即一身の仏の一分である法身を説く為の方便でしかないのです。
この真言破折の最後に第三代・天台座主の慈覚〔じかく〕大師が蘇悉地経疏〔しょ〕の中で、一切経には、顕示教と秘密教があり、秘密教の中にも理秘密と亊理俱密があり、亊理俱密が最も優れているとしています。
つまり、法華経などが世俗諦と勝義諦が円融不二であるという理密のみの教えであるのに対し、「身密・語密・意密」の三密の「手に印を結び(身密)、口に真言を唱え(語密)、意〔こころ〕に曼荼羅を念ずること(意密)」の事密を説いた亊理俱密の法が真言の三部経であるとしているのです。
つまり、法華経と大日経は、説かれている理論は、同じであるが、事においては、大日経が優れているという「理同事勝」のことなのです。
このことに対して大聖人は、本抄において「設〔たと〕ひ至極の理密・事密を沙汰すとも、訳者に虚妄〔こもう〕有り。法華の極理を盗み取って事密真言とか立てられてあるやらん」(御書37頁)と述べられ、どんなに「理密・事密」が優れていると言っても、それを訳した者の嘘であり、法華経の「一念三千・一心三観」の極理を盗み取って「手印・真言・曼荼羅」と言って、巧みに組み立てたものなのです。
最後に念仏に対する破折をされ、本抄を結ばれています。
浄土宗では、南無阿弥陀仏と念仏を称〔とな〕えて、浄土往生を願っていますが、これは、夢の中のように有名無実の教えであって一切衆生の極楽往生の願いが叶うことはないと明確にされています。
それは、浄土宗では、浄土三部経により、この娑婆世界を穢土〔えど〕として嫌い、阿弥陀仏を念じてその名を称えることによって、阿弥陀仏の浄土である西方の極楽世界に往生できるとしていますが、それは、方便の為に権〔かり〕に説かれた教えであり、有名無実で実体がない為、いくら人々が真剣に念仏を称えても浄土に往生することはできないのです。
伝教大師は、守護国界章下巻の中で「有為の報仏は夢の裏の権果、無作の三身は覚前の実仏」(御書38頁)と述べ、爾前権教に説かれる報身仏は、権教の仏で歴劫修行の結果として成仏したと説かれており「無作の三身」とは、法華経・本門・寿量品に説かれる「報身・法身・応身」の三身を一身に具えられた本有常住の本仏のことです。
その無作三身如来は、悟りを開く以前から本有常住の生命を有しているので「覚前の実仏」とも言います。
しかし、その実態は「無作の三身」と言っても「覚前の実仏」と言っても、すべて理論上のことであり、その実態は、日蓮大聖人の三大秘法の大御本尊のことなのです。
煎〔せん〕じ詰〔つ〕めて言うならば、禅宗も真言も念仏も、この末法の御本仏である三大秘法の大御本尊を盗み取って、勝手に自宗派の法門に入れて、それを声高に宣伝し、現世の利益に利用しているのです。
それ故に人々を騙し続ける力があり、まさに元品の無明のなせる業なのです。