日蓮正宗法華講 開信寺支部より

御書研鑚の集い 御書研鑚資料


早勝問答 背景と大意


本抄は、日蓮大聖人が文永8年(西暦1271年)五十歳の時に著わされた御書とされていますが、誰に与えられたものであるかは、明らかでは、ありません。
「早勝問答」という題号が示すように、門下が諸宗派と議論する場合に備えて、各宗派の教義の要点や反論を挙げられて、適切な破折を問答形式で簡潔に示されています。

第一章 浄土宗の邪義を破す

本抄では、まず最初に「浄土宗問答」として浄土宗に対する破折〔はしゃく〕の基本的な考え方を御教示になっています。
ここでは、その冒頭にいきなり六字の名号「南無阿弥陀仏」についての言及がなされ、この六字の称名が正しいのか正しくないのか、善なのか悪なのかと言う念仏に対する本質的な疑問を投げかけられています。
それは、念仏が無間地獄の業因と言うのであれば、法華経の題目も、また無間地獄の業因ではないか、さらに念仏無間の証拠は、法華経二十八品の中の何処にあるのか、また天台大師の摩訶止観の中で説かれる「四種三昧〔ざんまい〕」に仏を念ずる「常行三昧」があることから、浄土宗側がそれを挙げて、摩訶止観にも念仏が説かれているではないかと反論しています。
また、浄土宗が依経とする観無量寿経が法華経以後に説かれたものであると主張したり、また法華経と同時に説かれたものであると主張したりしています。
次に浄土宗の先師、法然の謗法を破折されています。
浄土宗では、法然の法華誹謗の説には「且〔しばら〕く」の文字があるので一往の義であると言い訳したり、無量義経の未顕真実とは、往生〔おうじょう〕ではなく、成仏について言ったものであると言い逃れに終始しています。
さらには、法華経の本迹二門にも、阿弥陀仏の名前が出ているではないかと言い、法華経・方便品に「ひとたび南無仏〔なむぶつ〕と称せば皆な已〔すで〕に仏道を成じたり」とあり、安楽行品にも「諸の如来に於いて慈父〔じぶ〕の想〔おもい〕を起こし」とあり、さらに譬喩品にも「諸仏を恭敬せば」とあり、嘱累品にも「若〔も〕し衆生有って信受せずば、当〔まさ〕に如来の余の深法の中に於いて示〔じ〕教利喜すべし」と説かれているのに、なぜ他の経文を誹謗するのかとの反論をしています。
また、法華経の観世音菩薩普門品にも「是の観世音菩薩を聞いて、一心に名を称せば、観世音菩薩は、即時に其〔そ〕の音声〔おんじょう〕を観じて、皆〔み〕な解脱することを得〔え〕しめん」と観世音菩薩の称名の功徳を挙げてあるのに、どうして他の仏、菩薩を捨てるのかとの疑問を呈〔てい〕しています。

この冒頭の六字の名号「南無阿弥陀仏」については、この当時、多くの民衆は、素朴に阿弥陀如来の名を称〔とな〕えれば、極楽往生できると考えて、世間では、当然のように「南無阿弥陀仏」と称えることを正しいと思っていたのです。 しかし、少なくとも仏教者の中では、実教である法華経を信じず、権教である無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経の念仏を称える事は、どう考えても間違いであり、しかも、それは「無間地獄への業〔ごう〕」であり、「善悪」で言うならば、完全な「悪」であったのです。
もちろん、世間では「念仏」が「無間地獄への業」などとは、思ってもいません。
それは、浄土三部経の念仏も法華経の題目も同じ仏教であり、法華信者が法華経こそ第一と言うように、念仏の信者が浄土三部経こそ第一と言っているだけだという安易な考えからなのです。 それ故に同じ仏教であるならば「念仏」が無間地獄ならば、「題目」も無間地獄の業であるなどと主張しているのです。
さらに浄土三部経の阿弥陀如来を讃嘆する言葉を使って、阿弥陀こそ諸仏の中の本仏と主張しているのですが、それは、権教である浄土三部経が説かれている時点では、実教の法華経は、まだ説かれていないので、浄土三部経の中でいくら阿弥陀仏を讃嘆していても、阿弥陀仏が法華経より優れている証拠には、ならないのです。
しかも、その阿弥陀如来は、法華経・化城喩品で説かれる三千塵点劫の過去において大通智勝仏により法華経を聞いて成仏した仏であり、また釈迦牟尼仏も法華経・如来寿量品で説かれる五百塵点劫の過去において、法華経に依って成仏したことが明かされているのです。
つまり、釈迦も阿弥陀も三世諸仏は、法華経を仏種〔ぶっしゅ〕として成仏しているのです。
その三世諸仏の仏種である法華経を無視して、いくら阿弥陀如来を讃嘆する浄土三部経の文章を引いても意味がないのです。
しかも、その法華経を否定すれば、三世諸仏の仏種を断じ、法華経・譬喩品に「一切世間の仏種を断ぜん、其〔そ〕の人命終して阿鼻獄に入らん」と説かれているように無間地獄に堕ちてしまうのです。
それ故に、無量寿経において阿弥陀仏が法蔵比丘〔びく〕と言う菩薩であった時に四十八の誓願を立て、その中の第十八願で「念仏を称える衆生をすべて浄土に往生させる」と誓いを立てましたが、そのときに「ただ五逆と誹謗正法を除く」としたのです。
したがって正法である法華経を誹謗する念仏の信者も「誹謗正法」に当たるので「弥陀の本誓に背く」ことになるのです。
それでも、念仏者は、我々は、法華経を誹謗はしていないと主張して、この「誹謗正法を除く」の文章には、当たらないと強弁しているのです。
しかし、法華経を信じず、浄土三部経を信じると言うのは、法華経を信じていない証拠で、それこそ誹謗正法となるのです。
また、浄土宗の開祖・法然がその著書の選択集〔せんちゃくしゅう〕において法華経を含む諸経を「捨てよ、閉じよ、閣〔さしお〕け、抛〔なげう〕て」と誹謗しているのです。
その法然を信じて念仏を称える以上、釈迦牟尼仏を謗〔そし〕り、法華経を謗り、題目を唱える僧を謗る「仏法僧の三宝」を誹謗する謗法そのものでは、ないでしょうか。
さらに、天台大師が著わした摩訶止観に説かれる「常行三昧」は、般舟三昧〔はんじゅ・ざんまい〕経に基づいて九十日間、阿弥陀仏の名前を称える修行なのですが、摩訶止観の第二には「弥陀を唱うるは即ち是れ十方の仏を唱うる功徳と等し、但〔ただ〕専〔もっぱ〕ら弥陀を以て法門の主と為す」とあるのです。
摩訶止観は、法華経に説かれる一心三観・一念三千の法門を悟る為の修行を説いたものであり、その為に四種三昧の修行の一部が「常行三昧」であり、この念仏なのです。
つまり、この場合の阿弥陀とは、法華経に説かれる阿弥陀の事であり、無量光仏、無量寿仏のことなのです。
もともと阿弥陀とは、梵名のアミターバ、または、アミターユスのことを言い、それを阿弥陀と音写したのですが、梵名のアミターバは「計り知れない光を放つ者」であり、アミターユスは「計り知れない寿命を持つ者」の意味で無量光仏、無量寿仏とこれを漢訳します。
つまり、摩訶止観の念仏は、十方の諸仏の名を唱える代表として、無量光仏、無量寿仏として阿弥陀の名称を唱えるもので、法然の専修念仏の阿弥陀仏とは、意味が異なっているのです。
このように念仏という名は、同じでも、法華経を誹謗して立てた念仏と、法華経を根本とした摩訶止観の修行としての念仏には、根本的な違いがあるのです。
さらに浄土宗は、そもそも観無量寿経は、法華経以後に説かれたものであるとしたり、また、法華経と同時に説かれたと反論しています。
いずれも、これらの虚偽は、無量義経の「四十余年・未顕真実」の文から逃れる為であり、全く根拠のないものなのです。
観無量寿経は、釈尊がマガダ国の王舎城で阿闍世〔あじゃせ〕の母の韋提希〔いだいけ〕夫人の求めに応じて、西方極楽浄土の阿弥陀仏と極楽浄土について説いたものです。
この経文では、韋提希夫人が王子の阿闍世と提婆達多〔だいばだった〕について、その因縁を尋ねたのですが、ついにその答えは、なかったのです。
しかし法華経・提婆達多品には、提婆達多が過去世に阿私〔あし〕仙人として、かつて国王であった釈尊を化導したことが明らかにされており、提婆達多が未来において天王如来として成仏することを示しているのです。
つまり、観無量寿経は、法華経がなければ、意味をなさないのです。
そうした内容から考えても、観無量寿経は、法華経以前に説かれたものであることは明らかなのです。
さらに法華経・法師品に「我が説く所の経典は無量千万億にして、已〔すで〕に説き、今〔いま〕説き、当〔まさ〕に説くべし。而〔しか〕も其の中に於いて、此の法華経は最も為〔こ〕れ難信難解なり」と説かれており、たとえ観無量寿経が法華経以後に説かれたとしても、法華経に劣ることは明らかなのです。
また、浄土宗は、法然が諸宗を誹謗していると言うのは、言葉の意味を変えた言いがかりであると反論しています。
法然の選択集には「且〔しばら〕く聖道門を閣〔さしお〕き」「且く諸の雑行を抛〔なげう〕ち」と述べており、浄土三部経以外の経文や修行を「且く捨てよ」という意味で言ったのであって、これは、まったく謗法ではないと弁明しているのです。
しかし、たとえ「且く」であったとしても法華経を誹謗すれば、何の言い訳にもならず、その罪から逃れることはできないのです。
さらに浄土宗の言い分として、無量義経の「四十余年、未顕真実」の文は、成仏の法について述べたもので、浄土に往生することを言ったものではないと反論しています。
それは、念仏を称〔とな〕えて浄土に往生するのは、あくまでも浄土で法華経によって一切衆生を即身成仏させる為であって、決して無量義経の「四十余年、未顕真実」を否定するものではないと言うのです。
しかし、阿弥陀経は、釈尊が祇園精舎〔ぎおん・しょうじゃ〕で声聞である舎利弗の為に説いたのであり、その舎利弗でさえ、ようやく二乗作仏〔にじょう・さぶつ〕を説く法華経によって成仏を許されたのです。
そのことは、爾前権教の阿弥陀経では、浄土に往生して法華経を聞くことが、できなかった証拠では、ないでしょうか。
もし、阿弥陀経で浄土への往生を許し、そこで法華経を聞いて二乗作仏を許し、悪人成仏、女人成仏を説いているのであれば、何も法華経・方便品で「若〔も〕し法を聞くこと有らば、ひとりとして成仏せざること無けん」と説かれ、二乗、悪人、女人の成仏を許す必要などないのです。
これらの法華経に説かれる阿弥陀仏とは、法華経・迹門の化城喩品では、三千塵点劫の昔に出現した大通智勝仏の十六人の王子の九番目が成道して阿弥陀仏となったというものであり、また、法華経・本門の薬王菩薩本事品では、末法の女性が法華経を聞いて如説〔にょせつ〕修行をすれば、阿弥陀仏の浄土に往生すると説いたものです。
これは、久遠実成の釈迦牟尼仏の分身仏なのです。
つまり迹門の阿弥陀仏は、法華経成道の仏であり、本門の阿弥陀仏は、久遠実成の分身仏なのです。
法華経の方便品、安楽行品、譬喩品、嘱累品、観世音菩薩普門品などの文章のそのいずれもが、法華経の広大無辺の功徳を説いたものであり、あくまでも法華経を信じればという条件の元に開会〔かいえ〕の法門として説かれたものなのです。
つまり天台大師の五時八教を超えた法華経の当体にあたるものであって、決して権教の浄土三部経の権仏を指したものではないのです。
それ故に天台大師は、法華文句第1巻上に「如是とは所聞の法体を挙ぐ」と述べられ、妙楽大師は、文句記第1巻の中巻には「若し超八の如是に非ずんば安んぞ此の経の所聞と為さん」と述べられ、日蓮大聖人は「此の経の如是は爾前経の如是に勝れて超八〔ちょうはち〕の如是なり。超八醍醐〔だいご〕の如是とは速疾頓成の故なり。」(御書1823頁)と述べられているのです。

第二章 禅宗の教義を破す

次に「禅宗問答」として禅宗に対する破折の基本的な考え方を御教示になっています。
その初めに禅宗は、三世の諸仏も成道の始めには、必ず座禅をしていると主張して、仏説は「教外別伝・不立文字〔ふりゅう・もんじ〕」の禅法に伝わっており、禅法にとって仏説は、無意味であると主張しています。 法華経・方便品にも「是〔こ〕の法は示す可〔べ〕からず言辞〔ごんじ〕の相は寂滅〔じゃくめつ〕せり」とあり、仏の法は、言辞では示し得ないので「以心伝心・教外別伝」と言う禅宗の主張は、正しいと述べています。
法華経・提婆達多品に説かれる竜女の成仏も「諸仏の説きたまう所の甚深の秘蔵〔ひぞう〕を悉〔ことごと〕く能く受持し深く禅定に入って諸法を了達〔りょうだつ〕し、刹那〔せつな〕の頃〔あいだ〕に於いて菩提心を発〔おこ〕して不退転を得〔え〕」とあるので座禅によって為されたものであり、安楽行品に「常に坐禅を好み、閑〔しず〕かなる処に在って、その心を修摂せよ」「深く禅定に入って十方の仏を見たてまつると見ん」とあり、分別功徳品には「常に坐禅を貴〔とうと〕び、諸の深定〔じんじょう〕を得〔え〕」とあり、法師功徳品には「唯だ独り自〔みずか〕ら明了にして余人の見ざる所ならん」と説かれているではないかと座禅を正当化しています。
また禅宗が像法決疑経・第五巻に「我何等の夜に大菩薩を得、何等の夜に般涅槃に入る。この二つの中間に一字を説かず、亦已説、当説、現説せず」とこの中に「一字を説かず」とあるので釈尊一代の教説は、未だ真実を顕さず、真実は迦葉〔かしょう〕一人が教えの外に別に伝えられたのであると主張しています。
天台の法華三大部の法華玄義、法華文句、摩訶止観にも観心〔かんじん〕が説かれており、止観禅定の修行を行い、また天台大師の立てた四種三昧〔ざんまい〕の第四に「非行非坐三昧」の双非の禅があることをあげて、天台も座禅の行を認めているではないか、法華宗は、この妙法の道理を知っているのかとの批判をしています。

禅宗とは、仏法の神髄は、経文教理の追及ではなく、座禅によって自ら体得するものであると主張しています。
それが釈尊から迦葉一人に付嘱され、第二十八祖・達磨大師によってインドから中国へ伝えられたとし、その後、各宗派に分かれ、日本へは、鎌倉時代初期に栄西が臨済宗を伝え、道元が曹洞宗を伝えたとされています。
このように禅宗が仏の真実の教えは、経文にではなく、涅槃の時に微妙な法門を摩訶〔まか〕迦葉に教外に伝えて付嘱したとする「教外別伝・不立文字」を日蓮大聖人は、涅槃経の「仏の所説に順〔したが〕わざる者は魔の眷属」の文によって「天魔の所為」であると破折されているのです。
禅宗は、経典に依らないばかりでなく、一代聖教を「月をさす指」であり、座禅によって天月である「仏の悟り」を得れば、指である経文は、不要であると一代聖教を否定しているのです。
このように仏の教説を不要とし、釈尊が真実を説いた法華経を「未だ真実を宣べず」と誹謗しているので、仏教を破壊する「天魔」の所行であるとして「禅天魔」と破折されているのです。
次に禅宗は、三世の諸仏は、成道の初めには、すべて座禅をしており、座禅によって成仏したのに、なぜ禅を天魔というのかと主張しているのですが、禅とは、梵語の「禅那〔ぜんな〕」の略で、静慮〔じょうりょ〕・思惟〔しゆい〕と訳し、このように座禅そのものは、広く古代インドの外道の時代から行われており、釈尊も、それを習慣として取り入れています。
また「戒・定・慧の三学」のうち「定〔じょう〕」のことを「禅定」とも言い、また摩訶止観にも座禅が広く説かれています。
それは、心を落ち着かせて、感情ではなく、理性で思惟することを述べたものであって、経文の説かれた内容とは、関係がないのです。
禅宗では、座禅によって自己の本性が仏性そのものであると覚知する「見性成仏」とし、迷いを打ち破って悟りを得ることができる「即心即仏・即身即仏」を主張しています。
しかし諸仏が成道の時に座禅をしたのは、単に思索する為であって、座禅で成仏を目指したのではないのです。
しかも、その思索の結果である一切衆生を成仏に導く法華経を否定して、自身の心を師とする座禅をして、悟りを得たなどと勝手に思い込むのは、仏説を否定して仏教を破壊する天魔の所為に他ならず、成仏できないばかりでなく、地獄に堕ちる悪行となるのです。
禅宗は、法華経・方便品に「是〔こ〕の法は示す可〔べ〕からず言辞〔ごんじ〕の相は寂滅〔じゃくめつ〕せり」とある文を引いて、仏の法は、言葉では、理解させられないので「以心伝心・教外別伝」という禅宗の主張は、正しいと主張していますが、この法華経の文章は、その前に「甚深微妙の法は見難く了す可きこと難〔かた〕し」とあり、仏の悟りの境界、仏の智慧の深さを讃嘆して述べられたものであって、このことは、その後に「舎利弗の如き思〔おもい〕を尽くして共に度量すとも仏智を測ること能〔あた〕わじ」と続いていることからも明らかなのです。
そして、その後に、この甚深不可思議の法を説示するとして法華経の説法がなされているのですから、禅宗の文証には、成り得ないのです。
さらに禅宗は、法華経の提婆達多品に竜女の成仏について説かれている中で「甚深の秘蔵を悉〔ことごと〕く能く受持し深く禅定に入って諸法を了達〔りょうだつ〕し」とあるので、竜女の成仏は、座禅によって成仏したと主張しているのですが、これもまた竜女の成仏は「甚深の秘蔵」である法華経を受持したからであって、座禅によるものではないことは、この文章で明らかなのです。
同じく禅宗は、法華経の安楽行品に「常に坐禅を好み」「深く禅定に入って」とあり、分別功徳品には「常に坐禅を貴び、諸の深定を得」と説かれていると言って座禅を何とか正当化しようとしていますが、これは、いずれも法華経を修行する者の姿勢を述べたものであって、禅宗のいう趣旨とは全く異なるのです。
また同じく法華経の法師功徳品に「唯だ独り自〔みずか〕ら明了にして余人〔よにん〕の見ざる所ならん」の文章の「独り」を取り上げて、座禅のみが真性を明了に見ることができ、他の修行法の余人は、見られないのであると主張しているのですが、これも法華経を持〔たも〕った者が、その身が清浄であることを述べた後でこの文章が続くのであり、座禅とは何の関係もないのです。
このように禅宗が文章を引くのは、何とか言い逃れをしようとする、文脈をまったく考えないこじつけばかりなのです。
もともと禅宗が法華経の文章を引くのは、なんとか自分たちの主張が正しいと見せかける為であって、経文は、月をさす指だから不要と主張していながら、法華経を依文として引くこと自体が矛盾しているのです。
さらに禅宗が経に「一字を説かず」とあるので、釈尊一代の経文には、未だ真実を顕されておらず、真実は、迦葉一人に別に伝えたのであると主張しているのです。
この「一字を説かず」とは、楞伽経〔りょうがきょう〕第5巻にある「我何等の夜に大菩薩を得、何等の夜に般涅槃に入る。この二つの中間に一字を説かず」の文のことですが、禅宗では、これを「仏の説法は、衆生に対して仮に説かれたもので悟りの内容については、一字も説いていない」との意味であるとして、この文章を根拠に不立文字の説を立てているのです。
日蓮大聖人は、これに対し、法華文句第8巻に「故に名づけて秘と為す。此の経には具〔つぶさ〕に昔秘する所の法を説く。即ち是秘密蔵を開するに亦即ち是秘密蔵なり。此くの如きの秘蔵は未だ曾〔かつ〕て顕説せず。」(御書1645頁)とされ、その証拠として楞伽経〔りょうがきょう〕に「我、得道の夜より涅槃の夜に至るまで一字をも説かず」(御書1645頁)とあり、摩訶止観・第5巻にも「是の故に二夜一字を説かず」とあると述べられています。
つまり、この「一字を説かず」も法華経の文底に秘されている「三大秘法の大御本尊」のことなのです。

第三章 天台宗の教義を破す

最初に「天台宗問答」として、天台宗に対する破折の基本的な考え方を御教示になっています。
その初めに天台宗は、法華経以外の経文を信じて無間地獄に堕ちるという証拠は、あるのかとの反論をし、法華経を説いて開会〔かいえ〕の後は、他の経文を含めて、すべて諸乗一仏乗であるとしています。
これは、妙法に対して他の経文を麤法〔そほう〕と批判するのは、一往のことであり、再往においては、声聞、縁覚、菩薩を一仏乗とするのであって、なぜ一往の意のみに執着して再往の義を捨てるのかと質問しているのです。
さらには、天台宗側が、善悪不二であり、邪正一如であるから、強いて善と悪を区別してはならないと述べ、相待妙〔そうたいみょう〕は、一往の義であり、絶待妙〔ぜったいみょう〕は、再往の実義なのであるから、相待妙のみにとらわれて他経を悪であり麤法〔そほう〕であると折伏するのは誤りであると述べています。
次に、約教〔やっきょう〕・約部〔やくぶ〕とは、天台大師の立てた教判のことであり、約教とは、釈尊の一代五十年の説法を、化法〔けほう〕の四教と化儀〔けぎ〕の四教の八教に約して論ずることを言い、約部とは、釈尊の教法を華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五時(五部)に約して分類することを言います。
天台大師は、法華玄義の中で「三種の教相」を立てていますが、その第一の根性の融・不融の相を判ずる中で、次のように論じています。
約教の立場では、法華経と爾前経の円教は、ともに円融相即を説いているので同一であるが、約部の立場では、法華時にのみ純粋な円教が説かれており、爾前の円教は、方便権教を「蔵・通・別」の三教のいずれか、または、すべてが含まれて兼帯しているので、法華経は、優れ、爾前の円教は、劣るとされています。
これを、約教与釈(当分)、約部奪釈(跨節)と言います。
天台宗は、この約教・約部の分類を用〔もち〕いて、爾前の円は、劣ると否定するのは、あくまで一往であって、法華経のみを優れているとし、他経を劣るとするのは、この一往の立場に固執しているからではないかと言うのです。
天台宗は、中国の天台大師、日本では、伝教大師により、法華最第一を根本として立てられた宗派なのですが、日本の天台宗は、第三代座主の慈覚・第五代座主の智証以後は、真言密教や禅や念仏を次々に取り入れ、その理由に「開会の法門」で理由付けして、一旦、法華最勝を理解できたならば、権大乗や小乗教と言えども正しいのであって、それらの修行で成仏できるというものです。
つまり、法華経以外の余経を意味がないとすることは、妙法に対して麤法〔そほう〕と否定する為の一往の意義であって、法華経の再往の義は、声聞乗・縁覚乗・菩薩乗は、皆、一仏乗と開会されるのであって、なぜ一往の意のみに執着して再往の義を捨てるのかと、天台宗が反論するのです。

しかし、爾前諸経も法華経の開会の後は、法華経と等しくなると言うのは、一切経の中で法華経が最第一であるという経文に背いた邪義なのです。
開会の「開」とは「開顕」の意味で、真実を開き顕すことで「会〔え〕」とは「会入」の意味で、真実の一つに合わせることを言います。
これには、教法のすべてが一法に帰着するという法開会と、万人の平等の成道を説いた人開会があります。
法開会は、諸経にも説かれていますが、人開会は、法華経に限られるのです。
法華経の三乗を開いて一仏乗を顕すのは、迹門の開会であり、三世諸仏を開いて久遠実成の本仏を顕すのは、本門の開会なのです。
法華経の開会には、本門と迹門にそれぞれ十妙があります。
本門の十妙とは、本因妙、本果妙、本国土妙、本感応妙、本神通妙、本説法妙、本眷属妙、本涅槃妙、本寿命妙、本利益妙の十種類であり、迹門の十妙とは、境妙、智妙、行妙、位妙、三法妙、感応妙、神通妙、説法妙、眷属妙、功徳利益妙の十種類があります。
無量義経の「無量義とは一法より生ず」とは「開会の法門」を言うのです。
その「開会の法門」には、四つの意味があり、すべての十界の衆生をことごとく成仏へ導くことの出来る正法は、ただ法華経・寿量品の文底秘沈の一つしかないと開顕されることを「教一開会」、三世十方の諸仏の根源は、ただ久遠元初・自受用身の一仏以外には、ないということが「人一開会」であり、同時に衆生に対しても、成仏の為の修行は、題目しかないとするのが「行一開会」なのです。
そして最後には、即身成仏の為の道理は、この日蓮大聖人への信心しかないと示めすことを「理一開会」と言います。
この「教・行・人・理」の「教一」「人一」「行一」「理一」という「四一開会」は、末法の御本仏以外にはできないのです。
また、開会の中では、「能開」と「所開」ということが重要なのです。
「能開」とは、開会する立場を言い、「所開」とは開会される立場を言います。
能開である法華経によって、所開である爾前経は開会されるのですが、決して開会された後の法華経と爾前経の間で、能開・所開の区別がなくなるのではないのです。
これを天台宗は、理解することなく、すべての事象は、一念三千の当体であり、善と悪の両面を具えているので、邪正一如であることから、強いて善と悪を区別してはならないと言っているのです。
善悪不二・邪正一如が法華経で説き明かされた法理であっても、悪を行じても良いと言うのであれば、天台大師が当時の南三北七の諸宗を破り、伝教大師が南都六宗を破折したことは、意味がなく、誤りだったということになります。
天台大師は、一切の事物・事象の本質は、一念三千であり、善悪不二であることを明かしはしましたが、もちろん、世の中に悪がはびこることを願ったのではなく、この正法に背く者を破折したのは、悪法や邪義を止める為であったことは、当然でしょう。
したがって、こうした言い分は、全くの屁理屈に過ぎないのです。
また、相待妙・絶待妙については、天台大師が「法華玄義」に「妙を明かさば、一には通釈〔つうしゃく〕、二に別釈なり。通に又二と為〔な〕す。一には相待、二には絶待なり」と述べられているように、妙法蓮華経の「妙」の一字を解釈する為に立てた教えです。
この中の相待妙とは、法華経は、円が切れ目がないように、すべてを矛盾なく完全に説明できる随自意の教えであるのに対し、爾前経は、衆生の機根に応じて仏教の一部分を説いた随他意の教えに過ぎないとしています。
次に絶待妙とは、爾前経は、ことごとく円である法華経の一部分を説いた教えであって、その円である法華経で教える「妙体」の中(体内〔たいない〕)では、その意義が生じ、法華経の教える「妙体」の外(体外〔たいげ〕)では、意義を失うと言う意味なのです。
それ故に円である絶待妙は、円の一部の集まりであるから、相待妙は、絶対妙の円であるとして、法華経の絶待妙の立場では、善悪・麤〔そ〕妙の区別がなくなるから、爾前経でも功徳があるとするのは、天台大師、妙楽大師に背く、まったくの邪義なのです。
したがって、法華経が顕わされれば、一切が法華経となり、この法華経の他に法華経と同じものがあるということでは、ありません。
また究極的には、この「妙体」とは、三大秘法総在の本門戒壇の大御本尊のことなのです。
つまり、この大御本尊こそ、あらゆる教えや功徳を具〔そな〕えた仏法一切の根源の当体であり、絶待妙の「妙体」なのです。
「四種の約教」とは、天台大師の法華文句で「因縁釈」「約教釈」「本迹釈」「観心釈」の四種の解釈を用いて、法華経の文章を理解しているのです。
また、天台大師の法華玄義には、「施」「開」「廃」とあり、これは、迹門を開〔ひら〕いて本門を顕〔あらわ〕す為に立てた「施開廃の三義」のことで、「施」とは、準備を施すこと、「開」とは、開会すること、「廃」とは、開会した後は、廃することを言います。
これを解釈することを三釈と言いますが、迹門と本門の二門に三釈があり、迹門は、法の上で、本門は、仏の上で論ぜられています。
また、これを本迹の六義、または本迹の六釈と言います。

迹門の三義
(1)為実施権とは、実(法華経)の為に権(爾前経)を施〔ほどこ〕す
(2)開権顕実とは、権(爾前経)を開いて実(法華経)を顕す
(3)廃権立実とは、権(爾前経)を廃して実(法華経)を立てる
本門の三義
(1)従本垂迹とは、本(本門)より釈(迹門)を垂れる
(2)開迹顕本とは、迹(迹門)を開いて本(本門)を顕す
(3)廃迹立本とは、迹(迹門)を廃して本(本門)を立てる

これを蓮華に譬えて見ると、蓮の実を守る為に華が覆〔おお〕うことを「施」と言い、華が開いて蓮の実が顕われることを「開」と言い、華が落ちて蓮の実ることを「廃」と言います。
これを譬喩蓮華〔ひゆ・れんげ〕と言います。
迹門の三義によって爾前経が捨てられるのであり、本門の三義では、法華経の迹門が捨てられているのです。
迹門の三義の場合は「権〔ごん〕を開いて実〔じつ〕を顕す」、本門の三義の場合は「迹を開いて本を顕す」ことが「開会」にあたり、この「開会」の後、迹門の場合「権を廃し」、本門の場合「迹を廃し」とあるように迹門では、権教が、本門では、迹門が、廃し捨てられるのです。
したがって、開会した後は、捨てないということは、天台大師の立義に背いているのです。

第四章 真言密教の教義を破す

次に天台密教の邪義〔じゃぎ〕に対する基本的な考え方を御教示になっています。
天台密教とは、比叡山・延暦寺の密教のことです。
延暦寺の第三代座主、慈覚(円仁)は、比叡山を開いた伝教大師の弟子でありながら、真言宗の弘法大師の宗義に傾倒して「大日経第一・法華経第二・諸経第三」の教判を立て、大日如来を本尊とし善無畏三蔵を師とした為、それ以後の天台宗が真言化して濁乱〔じょくらん〕する原因を作ったのです。
それを天台密教と言います。
天台密教では、法華経が諸経の中で第一というのは、顕教の法門の中でのことであって、真言の三部経に対すれば第一とは、言えないと主張しています。
顕教とは、衆生に理解できるように説かれた教えを言い、真言宗では、大日経などの密教は、秘密教であり、秘密に説かれているので仏以外が知り得ない教えであるとして、顕教より優れていると主張したのです。
真言宗では、法華経は、釈尊の説いた一切経の中では第一であるが、大日経は、大日如来の説いた経であり、法華経と比較すると大日経が優れていると主張しているのです。
このように法華経は、顕教の中での第一であっても、真言の密教に比べれば、劣るとしているのです。
法華経と真言とは理は同じで、印・真言の事〔じ〕において真言が勝っているので、法華経は真言に対すれば戯論〔けろん〕の法というのであるとの反論を示されています。
「戯論」とは、戯〔たわむ〕れの無益な議論という意味で、弘法大師は、法華経を真言や華厳に比べると「戯論」であると下しているのです。
伝教大師の著作とされる本理大綱集の文章を引用して顕教と密教は、概ね同じであると主張したのです。
これは、伝教大師が入唐中に継承した法門の深義を記したもので、この書の内容を真言と法華経の理同事勝の依拠としたのです。

次に弘法大師空海の立てた東密〔とうみつ〕の邪義に対する基本的な考え方を御教示になっています。
東密とは、比叡山・延暦寺の山門に対して、嵯峨天皇より、弘法大師空海に下賜された京都市九条にある真言宗の総本山・東寺に伝わる密教のことです。
日本の真言宗は、空海が中国の密教を日本に伝え、正しくは、真言陀羅尼〔だらに〕宗と言います。
空海は、唐に渡って恵果〔けいか〕和尚から密教の奥義を相伝されたとし、大同元年(西暦806年)に日本に戻り、翌年、京に入って真言宗を開いています。
弘仁7年(西暦816年)には、高野山を開き、同14年(西暦823年)に東寺を賜って根本道場としました。
その教義は、大日如来を教主とし、大日経、金剛頂経、蘇悉地経の真言三部経を依経とし、大日経第一、華厳経第二、法華経第三とする教判を立てているのです。
それは、真言宗では、密教の真言三部経は、大日如来が説いた経文で釈尊の説いた教えではないから、この未顕真実の方便権教には含まれないと主張したのです。
もともと、この主張は、弘法が弁顕密二教論などで、釈尊が衆生の機根に応じて説いたものが法華経などの顕教であり、大日如来の明かした「身密」「語密」「意密」の三密が説かれていないので顕教は、密教に劣るとしたのです。
初めに真言宗が大日経は、釈尊が説いたという証拠があるのかと反論しています。
真言宗では、真言密教は、釈尊の説いた教説ではなく、大日如来の説いたものであると主張するところから、こうした反論がなされているのです。
次に真言宗は、無量義経に未顕真実とされているものに含まれない、なぜなら、釈尊の説の外に立てた法門だからであると反論しています。
さらに、それについて、真言宗側は、六波羅蜜経は、雑部の真言に当たり、真言宗で用いる三部経は、純説の真言であると主張し、また真言宗側では、真言は、速疾頓成〔そくしつ・とんじょう〕の教であり、顕教は、歴劫修行の教えであるとしています。
つまり真言は、即身成仏の教えであり、法華経などの顕教は、歴劫修行によって遠回りをして、やっと成仏する教えであるとしているのです。
それについて真言宗側が、不空が訳した密教経典とされる五秘密教に「顕教に於いて修行する者は久しく三大無数劫を経る」と説かれているのが、その証拠であるとしているのです。
次に仏の印契〔いんげい〕相好〔そうごう〕についての問答が述べられています。
真言宗では、印と真言ということを特に重視しており、印とは、印契のことであり、指先で特別な形を結んで仏や菩薩の内証や誓願を顕わしたものを手印と言い、刀剣などの仏の持つ器具で顕わしたものを契印〔けいいん〕と言い、相好とは、仏の身体にそなわっている三十二相と八十種好のことを言います。
真言宗側は、法華宗はいずれの経に依って仏の印契相好を造るのか、顕教にはそれが説かれていないので、真言の印を盗んだものであろうと非難しているのです。
真言とは、仏の真実の言葉という意味で、真言密教では、仏の悟りや誓願を顕わす一種の呪文を真言といって尊重しています。

しかし、大日如来の父母は、誰か、この娑婆世界で、いつ、どこで出家し得道して、いつ、どこで大日経を説いたのでしょうか。
それがわからないと言う事は、大日如来が虚構の上での仏である証拠なのです。
また、六波羅蜜経では、釈尊の説いた経文を「素怛纜〔そたらん〕蔵(経蔵)」「毘奈耶蔵(律蔵)」「阿毘達磨〔あびだるま〕蔵(論蔵)」「般若波羅蜜多蔵(慧蔵)」「陀羅尼蔵(秘蔵)」の 五蔵に区別していますが、弘法大師空海は、「弁顕密二教論」を著し、その中で、この六波羅蜜経に説かれている五蔵の中の第四の般若波羅蜜多蔵を法華経とし、第五の陀羅尼蔵を真言に当たると立てているのです。
これは、真言の経文を釈尊が説いている証拠なのです。
さらに、釈尊が「已・今・当の三説」を挙げて「法華経が第一」であると説いた経文を大日如来が真実であると証明しているのです。
もし、真言の経典を「已・今・当の三説」以外であるとすれば、特定の衆生の為に説かれた一機一縁の教えとなり、衆生を成仏させることができる仏種を説いた秘密の教え「密教」とは、言えないのです。
大日経・金剛頂経・蘇悉地経の真言三部経は、当然、已説の経であり、法華経と比較すれば、未顕真実の権教方便の教説なのである。
ですから、真言三部経の中には、法華経より優れていると言う文章は、どこにもなく、なぜなら、これらが説かれている時には、法華経は、まだ説かれていないからなのです。
このように慈覚大師は、経文にない我見を主張しているのですから、無間地獄に堕ちると言っているのです。
理同事勝とは、大日経で説いている「宇宙の万有を阿字に収めて、すなわち一切法が、そのまま真理であり生滅のしないものである」と言う「阿字本不生」の理と法華経の「諸法実相・一念三千」の理は、同じ理であり、しかも法華経には「印と真言」の事相が欠けているので、大日経が法華経より優れているとしています。
しかし現実には、真言三部経には、「一念三千」「久遠実成」の言葉はなく、善無畏が天台大師の説いた一念三千の法理を盗んで、大日経の中のよく似た文章をこじつけたものに過ぎないのです。
本理大綱集とは、伝教大師が入唐中に継承した法門の深義を記〔しる〕したものとして伝教大師の著作とされていますが、修善和尚義真が記録した「伝教大師御撰述目録」(叡山根本大師御撰述目録)にも記載されておらず、一般でも偽書〔ぎしょ〕とされているのです。
したがって、それを根拠として理同事勝を主張することは、出来ないのです。
しかも、慈覚大師は、それを根拠にして理同事勝と立てたのではなく、中国で真言を学び善無畏の説を鵜呑みにして理同事勝と立てたのです。
そして、それを裏付ける為に本理大綱集を伝教の著作としたと考えられるのです。
それ故に十界互具・一念三千が説かれて、初めて明らかになる二乗作仏、悪人成仏、女人成仏は、法華経・提婆達多品に説かれているのです。
さらに、竜女の即身成仏が説かれたのも、法華経においてなのです。
竜女の成仏は、文殊菩薩に法華経を化導された八歳の竜女が、霊山会〔りょうぜんえ〕に出現して「皆な竜女の忽然〔こつねん〕の間に変じて男子と成って菩薩の行を具〔ぐ〕して即ち南方の無垢〔むく〕世界に往〔ゆ〕いて宝〔ほう〕蓮華に坐して等正覚〔とうしょうがく〕を成じ、三十二相・八十種好あって普〔あまね〕く十方〔じっぽう〕の一切衆生の為めに妙法を演説するを見る」とあり、竜女が即身成仏の姿を示したことが説かれているのです。
この竜女の成仏は、爾前の諸経では、許されなかった女性、畜生の成仏が明かされたものであり、さらに歴劫修行することなく速やかに得道する即身成仏の義が示されたのです。
それに対して、大日経などの真言の依経には、このような即身成仏の文章は、全く見あたらないのです。
また、これで竜女が法華経によって三十二相・八十種好の仏の相好を具足したことも明らかであり、真言によるものではないことが明白なのです。
また、不空が訳した密教経典とされる五秘密教は、釈尊の説いた経典であるので、法華経以前に説かれた未顕真実の経となり、それを根拠に真言が即身成仏を説いていると言うことには、ならないのです。
つまり即身成仏は、法華経に限るのであって、真言には、即身成仏の義、無く、真言が即身成仏を説いているという言い分は、自分の勝手な解釈であり自義なのです。
法華経において立てる本尊は、仏像ではなく、本門の本尊である「南無妙法蓮華経」そのものなのです。
また、真言とは、その本尊に対して「南無妙法蓮華経」と唱えることが、そのまま真言なのです。
また、法華経の陀羅尼品には、陀羅尼呪〔じゅ〕、すなわち真言が説かれているのです。
また、その法華経・方便品には「合掌〔がっしょう〕して敬心〔きょうしん〕を以て 具足の道を聞かんと欲す」(御書624頁)「為に実相の印を説く」の文があり、「合掌印」が説かれており、法華経・譬喩品にも「我が此の法印〔ほういん〕は世間を利益〔りやく〕せんと欲〔ほっ〕するが為の故に説く」(御書612頁)と説かれているのです。
つまり三世の諸仏の「印契相好」は、実は、妙法蓮華経にこそ具〔そな〕わっているのであり、日蓮大聖人が「画像〔えぞう〕・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし。(中略)五色のゑのぐ〔絵具〕は草木なり。画像これより起こる。木と申すは木像是より出来す。此の画木〔えもく〕に魂魄〔こんぱく〕と申す神〔たましい〕を入〔い〕るゝ事は法華経の力なり。天台大師のさとりなり。此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ、画木にて申せば草木成仏と申すなり。止観の明静〔みょうじょう〕なる前代にいまだきかずとかゝれて候と、無情仏性惑耳驚心〔わくに・きょうしん〕等とのべられて候は是なり。」(御書992頁)と述べられ、天台大師以後の二百余年の後、善無畏三蔵、金剛智三蔵、不空三蔵などが大日経には、説かれていない、これらの教説を盗み入れて真言宗の肝心とし、人々を五百余年間も騙〔だま〕し続けたのです。
また、驢牛〔ろぎゅう〕の三身とは、根来〔ねごろ〕寺の正覚房覚鑁〔かくはん〕が、釈迦牟尼仏などの三世諸仏は、大日如来の車を引く牛にもならないと述べ、ましてや顕教の僧侶が真言師に優るわけもなく釈迦や顕教の僧は、弘法大師の車を引く牛の牛飼いにしか過ぎないなどと主張しているのです。

第五章 真言亡国の理由

法華経本門の釈尊は、法身・報身・応身の三身を具〔そな〕えた三身即一身の仏なのです。
大日如来は、釈尊の法身を説いたものであり、釈迦法身の異名なのです。
つまりは、真言密教も釈尊の説であり、大日如来は、法身仏であり、釈迦は、応身仏であるから釈迦如来は、大日如来に劣ると言うのは、まったくの邪義なのです。
また、真言宗で金剛界・胎蔵界の曼荼羅〔まんだら〕に五智を表した五仏を描く時に、北方に釈迦如来、中央が大日如来となっていますが、北方が釈迦であると言う文章は、真言の三部経の中にはなく、不空三蔵の己義であって仏説ではないのです。
本来の五仏とは、中央を大日如来とし、金剛界の曼荼羅では、阿閦〔あしゅく〕如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、胎蔵界の曼荼羅では、宝幢如来、開敷華王如来、無量寿如来、天鼓雷音如来とされており、釈迦如来の権仏である大日如来が中央であるのは、釈迦牟尼仏が中央であると言う意味なのです。
また真言宗では、法華経が穢土〔えど〕において説かれたのに対して、真言は、三界の外の法界宮で説かれたものであるとしています。
法界宮とは、金剛法界宮の略で、三界の中の色界の頂上の色究竟天にあるとされています。
したがって法界宮自体が、三界の内なのであり、真言が三界の外で説かれたということは、まったくの誤りなのです。
なお、大日経疏〔しょ〕には「此宮は是れ古仏菩提を成ぜし処、所謂〔いわゆる〕摩醯首羅天〔まけいしゅらてん〕宮」と説かれており、摩醯首羅天とは、外道の婆羅門教の主神である大自在天(シヴァ神)のことなのです。
そうであれば、真言は、外道を仏教の上に置く下剋上〔げこくじょう〕の亡国の教えであると言えるのです。
真言宗は、守護経に釈尊が大日如来より三密の法門を習って成仏したと説かれていると主張していますが、守護経とは、守護国会主陀羅尼経のことで弘法大師が鎮護国家の経として真言宗に取り入れています。
その守護経の文とは「世尊、諸の善男子・善女人等、応に此の世尊無量の三密一字陀羅尼門に於て阿耨多羅三藐三菩提を発すべし」であると思われますが、この文は、善男子、善女人が三密と一字陀羅尼の法門によって菩提心を発〔おこ〕すと言う意味であって、大日如来など、どこにも登場しておらず、釈尊が大日如来から三密を習ったと読むのは、単に思い込みであり、こじつけに過ぎないのです。
また、真言宗では、法華経・方便品に「具足の道〔どう〕」とあるのに、なぜ印、真言を否定するのかと思うかもしれませんが、この具足の道とは、円満具足の法という意味であり、妙法を具足するという意味なのです。
それ故に日蓮大聖人は、御義口伝に「御義口伝に云はく、合掌とは法華経の異名なり(中略)合掌は色法〔しきほう〕なり(中略)合掌に於て又二の意之有り。合とは妙なり、掌とは法なり。又云はく、合とは妙法蓮華経なり、掌とは廿八品なり。又云はく、合とは九界、掌とは仏界なり(中略)十界悉く合掌の二字に納まって森羅〔しんら〕三千の諸法合掌に非ざること莫〔な〕きなり。総じて三種の法華の合掌之〔これ〕有り(中略)合掌の二字に法界を尽くしたるなり。」(御書1734頁)と御教示され、伝教大師は、守護国界章上巻に一代聖教を「三種の法華」の「穏密〔おんみつ〕法華」「根本法華」「顕説〔けんぜつ〕法華」の三種類に立て分けています。
穏密法華というのは、法華経本門の寿量文底独一本門を秘妙方便で隠している故に法華経迹門であり穏密と言い、根本法華とは、法華経本門の寿量文底独一本門を根本とする故に法華経本門であり、顕説法華とは、法華経本門の寿量文底独一本門の南無妙法蓮華経を顕説している故に、これを正意とするのです。
それ故に百六箇抄には「三十一、下種の三種教相の本迹二種は迹門、一種は本門なり。」(御書1698頁)と述べられているのです。
また、法華経の第5巻に「此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり、諸経の中に於て最も其の上に在り」(御書835頁)と説かれているのです。
これは、法華経本門の寿量文底独一本門の南無妙法蓮華経を顕説している故に「諸仏如来の秘密の蔵」であり、真の真言なのです。
いわば、その教主である日蓮大聖人に成り変わって、真っ赤な嘘の真言を立てた故に弘法大師など真言宗は、亡国の徒なのです。
まさに「かゝる日蓮を用ひぬるともあしくうやま〔敬〕はゞ国亡ぶべし。」(御書1066頁)とあるように法華経の行者である日蓮大聖人に天照太神・正八幡宮も頭を下げ手を合わせ地に伏し、梵天、帝釈も左右に立って日天、月天の前後を照らすのに、諸仏如来の秘密の蔵である本因妙の教主である日蓮大聖人を騙〔かた〕るならば、必ず国は、亡ぶのです。

以上のように本抄では、浄土宗、禅宗、天台宗、天台密教、真言宗の各宗派との法論における破折〔はしゃく〕の要点を簡潔な問答形式で示されています。
しかし、その簡潔な答えには、非常に深い日蓮大聖人の洞察があるのです。
まず第一に、それが自分の意見であるのか、経文に対する見解であるのかを問われています。
また経文に依るものであるならば、その経文の内容を精査すべきことを主張されています。
邪宗派は、その内容について、経文の一部を取り出し、また自分勝手にこじつけをし、故意に経文を書き換え、さらには、偽書を作ったりして自宗派を正当化しているのです。
また法華経に対して誹謗すれば、結論として末法の御本仏である日蓮大聖人を誹謗することに成り、結局は、それで、その主張が間違いとわかってしまうのです。
つまりは、法華経に対する質問は、それ自体が、その邪宗の主張と成り、それ自体が自らの間違いを顕わすものとなってしまうのです。
そこで、もし、その主張が間違っているのならば、自らの誹謗正法を認めるのかと相手に迫って破折せよと御教示されています。


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