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災難対治抄 第4章 真の声聞
【難じて云はく、仏法已前国に於て災難有り。】
いやいや、待ってください。仏法が広まる以前に災難があったのに
【何ぞ謗法の者の故ならんや。】
どうして仏法に違背する謗法の者が原因であるなどと言う事があるでしょうか。
【答へて曰く、仏法已前に五常を以て】
それは、仏法が広まる以前には、「仁・義・礼・智・信」の道徳をもって
【国を治むるは遠く仏誓を以て国を治むるなり。】
国を治めており、基本的には、仏に誓いを立てて国を治めていたのです。
【礼儀を破るは仏の出だしたまへる五戒を破るなり。】
そういうことで礼義を破ることは、仏が説き示された五戒を破ることになるのです。
【問うて曰く、其の証拠如何。】
それでは、その証拠は、あるのですか。
【答へて曰く、金光明〔こんこうみょう〕経に云はく】
それは、金光明経〔こんこうみょうきょう〕には
【「一切世間の所有の善論は】
「すべての一般の素晴らしい理論を説いた論文は、
【皆此の経に因〔よ〕る」と。】
みな、この経文に依っているのである」と説かれており、
【法華経に云はく「若し俗間〔ぞっけん〕の経書〔きょうしょ〕・治世の語言・】
法華経・法師功徳品には「もし、俗世間の経書の教えや世を治める上での言論や
【資生〔ししょう〕の業等を説かんも皆正法に順ず」と。】
生活の助けとなる行為などを説いても、すべて正法に順じている」と説かれており、
【普賢〔ふげん〕経に云はく】
仏説観普賢菩薩行法経〔ぶっせつ・かん・ふげんぼさつ・ぎょうほうきょう〕には、
【「正法をもって国を治め人民を邪枉〔じゃおう〕せず。】
「正法にもって国を治め、人民を邪〔よこしま〕に虐〔しいた〕げることをせず、
【是を第三の懺悔〔さんげ〕を修すと名づく」と。】
これを第三の懺悔〔ざんげ〕を行ずると言う」と説かれており、
【涅槃経に云はく「一切世間の外道の経書は】
涅槃経には「一切世間の外道の経書の教えは、
【皆是仏説なり外道の説に非ず」と。】
すべて仏説であり、外道の説ではない」と説かれており、
【止観〔しかん〕に云はく「若し深く世法を識れば即ち是仏法なり」と。】
摩訶止観には「もし、深く世法を知るときは、それは、そのまま仏法である」とあり、
【弘決〔ぐけつ〕に云はく】
止観輔行伝弘決〔しかん・ぶぎょうでん・ぐけつ〕には
【「礼楽〔れいがく〕前〔さき〕に駈〔は〕せて真道後に啓〔ひ〕らく」と。】
「礼義と音楽が先駆けて広まり、真実の仏道が後に開ける」とあり、
【広釈に云はく】
普通授菩薩戒広釈〔ふつうじゅ・ぼさつかい・こうしゃく〕には
【「仏三人を遣〔つか〕はして】
「仏は、老子・孔子・顔回〔がんかい〕の三人を派遣して、
【且く真旦〔しんだん〕を化す。五常を以て五戒の方を開く。】
しばらく中国を教化した。道徳をもって五戒の一面を明かしたのである。
【昔大宰〔たいさい〕孔子に問うて云はく、三皇五帝は】
昔、大宰〔たいさい〕が孔子に対して、古代中国の神話伝説にある三皇・五帝は、
【是聖人なるか。孔子答へて云はく、聖人に非ず。】
聖人であろうかと問うと、孔子は、聖人ではないと答えた。
【又問ふ、夫子〔ふうし〕は是聖人なるか。亦答ふ、非なり。】
また、孔子、あなたは、聖人かと問うと、また、そうではないと答えた。
【又問ふ、若〔も〕し爾〔しか〕らば誰か是聖人なるや。】
また、もし、そうであるならば、誰が聖人かと問うと、私が聞くところでは、
【答へて云はく、吾聞く西方に聖有り、釈迦と号す」文。】
西方に聖人がいて、釈迦と称すると私は、聞いたと答えた」とあります。
【此等の文を以て之を勘〔かんが〕ふるに、】
これらの文章をもって、これを考えてみると、
【仏法已前の三皇五帝は五常を以て国を治む。】
仏法が広まる以前の三皇五帝は、道徳をもって国を治め、
【夏〔か〕の傑〔けつ〕・殷〔いん〕の紂〔ちゅう〕・】
夏の国の桀王〔けつおう〕や殷の国の紂王〔ちゅうおう〕や
【周〔しゅう〕の幽〔ゆう〕等の礼義を破りて国を喪〔ほろぼ〕すは】
周の幽王〔ゆうおう〕などが礼義を破って国を滅ぼしたのは、
【遠く仏誓の持破に当たれり。】
根本的には、仏との誓いを守るか破るかということと同じになるのです。
【疑って云はく、若し爾らば法華真言等の諸大乗経を信ずる者は】
いやいや、もし、そうであるならば、法華や真言などの諸大乗経を信ずる者が、
【何ぞ此の難に値へるや。】
どうして、この災いによる難に遭うのでしょうか。
【答へて曰く、金光明経に云はく「枉〔ま〕げて辜〔つみ〕無きに及ばん」と。】
それは、金光明経には「法を曲げて無実の者にまで罪を着せる」と説かれ、
【法華経に云はく「横〔よこしま〕に其の殃〔わざわい〕に羅〔かか〕る」等云云。】
法華経・譬喩品には「不当に災難となって振りかかる」などと説かれています。
【此等の文を以て之を推〔すい〕するに、】
これらの文章をもって、これを推察すると、
【法華真言等を行ずる者未だ位深からず、】
法華や真言などを行ずる者も、未だ修行の位が深くなく、
【信心薄く口に誦して其の義を知らず、一向に名利の為に之を誦す。】
信心が薄く、口に唱えていても、その意味を知らずに、
【先生〔せんじょう〕の謗法の失〔とが〕未だ尽きず。】
ひとえに名誉や利益の為に、これを唱えていて、過去世の謗法の罪が未だ尽きず、
【外には法華等を行じて内には選択の心を存す。】
外面は、法華などを行じて、内面は、選択集の考えを抱いて、
【此の災難の根源等を知らざる者は】
この災難の根源などを知らない者は、
【此の難を免〔まぬか〕れ難きか。】
この災難を免〔まぬが〕れ難〔がた〕いと言うことなのです。
【疑って云はく、若し爾らば何ぞ選択集を信ずる謗法者の中に】
いやいや、もし、そうであるならば、どうして選択集を信ずる謗法の者の中に、
【此の難に値はざる者之有るや。】
この難に遭わない者がいるのでしょうか。
【答へて曰く、業力不定なり。】
それは、宿業による結果は、一定ではないからなのです。
【順現業は】
現世における悪業の報いが現世で現れる順現受業〔じゅんげん・じゅごう〕は、
【法華経に云はく「此の人現世に白癩〔びゃくらい〕の病を得ん。】
法華経・普賢菩薩勧発品に「この人は、現世に白癩〔びゃくらい〕の病を得て
【乃至、諸の悪重病あらん」と。】
(中略)数々の重い病気にかかるのである」と説かれ、
【仁王経に云はく「人仏教を壊〔やぶ〕らば復〔また〕孝子無く、】
仁王経には「人が仏教を破壊するならば、孝行の子供は、いなくなり、
【六親不和にして天神も祐〔たす〕けず。】
親族は、仲が悪くなり、諸天善神も助けず、
【疾疫悪鬼日〔ひび〕に来たりて侵害し、】
病気や悪鬼によって日々、悩まされ、
【災怪〔さいげ〕首尾〔しゅび〕し連禍〔れんか〕せん」と。】
異常な災難が絶えることなく続く」と説かれ、
【涅槃経に云はく「若し是の経典を信ぜざる者有らば〇若しは臨終の時】
涅槃経には「もし、この経典を信じない者がいるならば(略)臨終の時、
【荒乱〔こうらん〕し刀兵競ひ起こり、帝王の暴虐〔ぼうぎゃく〕、】
世の中は、荒れ果てて、戦乱が競って起こり、帝王の弾圧や、
【怨家の讎隙〔じゅげき〕に侵逼〔しんぴつ〕せられん」(已上)。】
一族の対立によって侵略される」と説かれています。
【順次生業は】
現世における悪業の報いが来世で現れる順次生業〔じゅんじ・しょうごう〕は、
【法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば】
法華経・譬喩〔ひゆ〕品に「もし、人が信じずに、この経を謗〔そし〕るならば、
【〇其の人命終して阿鼻獄に入らん」と。】
(略)その人は、命を終えてのち阿鼻地獄に入る」と説かれ、
【仁王経に云はく「人仏教を壊らば〇死して】
仁王経には「人が仏教を破壊するならば(略)死んで後、
【地獄・餓鬼・畜生に入らん」(已上)。】
地獄、餓鬼、畜生に入る」と説かれています。
【順後業等は之を略す。】
順後受業〔じゅんご・じゅごう〕などは、これを省略します。
【問うて曰く、如何にして速やかに此の災難を留むべきや。】
それでは、どのようにして、速やかに、この災難を止めるべきなのでしょうか。
【答へて曰く、還って謗法の者を治すべし。】
それは、速やかに謗法の者を対治すべきなのです。
【若し爾らずんば無尽の祈請有りと雖も】
もし、そうでなければ、数えきれないほどの祈祷を行っても、
【災難を留むべからざるなり。】
災難を止めることは、できません。
【問うて云はく、如何が対治すべき。】
それでは、どのように対治すべきでしょうか。
【答へて曰く、治方亦〔また〕経に之有り。】
それは、対治の方法は、また経文に説かれているのです。
【涅槃経に云はく「仏言はく唯一人を除いて】
涅槃経に「仏は、このように言われた。ただ一人を除いて、
【余の一切に施〔ほどこ〕せ〇正法を誹謗〔ひぼう〕して】
その他のすべての衆生に施〔ほどこ〕しなさい。(略)正法を誹謗して、
【是の重業を造るもの〇唯是くの如き一闡提〔いっせんだい〕の輩を除いて】
この重い罪業を造る(略)ただ、ひとりの一闡提〔いっせんだい〕の者を除いて、
【其の余の者に施さば一切讃嘆すべし」(已上)。】
その他の者に施すならば、すべて讃歎されるべきである」と説かれています。
【此の文の如きは施を留めて対治すべしと見えたり。】
この文によれば、謗法の者に対しては、布施を止めて対治すべきなのです。
【此の外亦〔また〕治方是多し。具〔つぶさ〕に出だすに暇あらず。】
この他にも、また対治の方法は、多くあり、ここですべてを出すことはできません。
【問うて曰く、謗法の者に於て供養を留めて】
それでは、謗法の者に対して供養を止め、
【苦治を加ふるは罪有りや不や。】
厳しい対治を加えるのは、罪になるのでしょうか。
【答へて曰く、涅槃経に云はく「今無上の正法を以て諸王・大臣・】
それは、涅槃経に「今、最高の正法を、諸王、大臣、
【宰相〔さいしょう〕・比丘・比丘尼に付属す〇正法を毀〔やぶ〕る者は】
宰相、僧侶、尼僧に付属する(略)正法を謗る者に対しては、
【王者・大臣・四部の衆、当に苦治すべし】
王者、大臣、僧侶、尼僧、男女の信者の人々は、必ず厳しく対治をすべきである
【〇尚罪有ること無けん」(已上)。】
(略)この人々が罪になることはない」と説かれています。
【問うて云はく、汝僧形〔そうぎょう〕を以て】
それでは、あなた自身が僧侶の身でありながら、
【比丘の失を顕はすは罪業に非ずや。】
僧侶の罪を暴くのは、罪となる行為では、ないでしょうか。
【答へて曰く、涅槃経に云はく「若〔も〕し善比丘あって】
それは、涅槃経に「もし、善い僧侶がいて、
【法を壊る者を見て置いて】
正法を破る者を見ても、そのままにして、
【呵責〔かしゃく〕し駈遣〔くけん〕し挙処〔こしょ〕せずんば、】
叱責〔しっせき〕し、追求し、罪を処断しなければ、
【当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。】
この人は、仏法の中の怨〔あだ〕であると知るべきである。
【若し能く駈遣し呵責し挙処せば】
もし、よく追及し、叱責し、罪を処断するならば、
【是我が弟子真の声聞なり」(已上)。】
この人は、我が弟子であり、真の声聞である」と説かれています。
【予此の文を見る故に仏法中怨の責を免れんが為に】
私は、この文章を見て仏法の中の怨なりと言われる責めを免〔まぬが〕れる為に、
【見聞を憚〔はばか〕らず、】
周囲の目を気にかけずに、
【法然上人並びに所化の衆等の阿鼻大城に堕つべき由〔よし〕を称す。】
法然上人や、その門下は、阿鼻地獄に堕ちると言っているのです。
【此の道理を聞き解く道俗の中に、少々は廻心〔えしん〕の者有り、】
この道理を聞いて理解する僧俗の中には、少しは、改心する者もいるのです。
【若し一度高覧を経ん人、】
もし、一度、この考えを記〔しる〕した文章を見た人の中で、
【上に挙ぐる所の如く之を行ぜずば、】
先に挙げた経文の通りに行わないならば、
【大集経の文に「若し国王有って我が法の滅せんを見て捨てゝ】
大集経の文章の「もし、国王がいて、正法が滅びようとしているのを見て、
【擁護〔おうご〕せずんば、】
それを外護しないならば、
【無量世に於て施〔せ〕・戒〔かい〕・慧〔え〕を修すとも、】
量り知れないほどの世界で、布施、持戒、智慧を行って来たとしても、
【悉く皆滅失して】
その功徳、善根は、ことごとく失〔うしな〕われて、
【其の国の内に三種の不祥を出さん。】
その国の中に穀貴(飢饉)・兵革(戦乱)疫病(伝染病)の三種類の災難が起こり
【乃至、命終して大地獄に生ぜん」の記文を】
(中略)命を終えてのちに大地獄に生じるのである」との予言を
【免〔まぬか〕れ難きか。】
免〔まぬが〕れる事は、できないでしょう。
【仁王経に云はく「若し王の福尽きん時は〇】
仁王経に「もし王の福徳が尽きる時は、(略)日月失度・星宿失度・諸火梵焼・
【七難必ず起こる」と。】
時節反逆・大風数起・天地亢陽・四方賊来の七つの難が必ず起こる」と説かれ、
【此の文に云はく「無量世に於て】
この大集経の文章には「量り知れないほどの世界で、
【施・戒・慧を修すとも】
布施、持戒、智慧を行って来たとしても、
【悉く皆滅失す」等云云。】
その功徳、善根は、ことごとく失〔うしな〕われる」などと説かれているのです。
【此の文を見るに且〔しばら〕く万事を閣〔さしお〕いて】
この文章を見ると、しばらく万事を差し置いて、
【先づ此の災難の起こる由を勘ふべきか。】
まず、この災難の起こる原因を考えるべきでしょう。
【若し爾らざれば弥〔いよいよ〕亦重ねて災難之起こらむか。】
もし、そうでなければ、ますます災難が起こることでしょう。
【愚勘是くの如し】
愚かな自分の考えは、以上の通りであり、
【取捨は人の意に任す。】
取り上げるか捨て去るかは、その人の意思に任せます。