御書研鑚の集い 御書研鑽資料
災難興起由来(下)
【疑って云はく、若〔も〕し爾〔しか〕らば何ぞ選択集を】
それでは、もし、そうであるなら、どうして選択〔せんちゃく〕集を
【信ずる謗法の者の中に此の難に値はざる者之有りや。】
信じる謗法の者の中に、この難に遭わない者がいるのでしょうか。
【答へて曰く、業力の不定なり。】
それは、その業因の大きさが、まだ定まっていないからなのです。
【現世に謗法を作し今世に報ひ有る者あり。】
現世で謗法を作っても、今世の内に償〔つぐな〕ってしまう者もいるのです。
【即ち法華経に云はく「此の人現世に白癩〔びゃくらい〕の病を得ん、】
つまり法華経・普賢菩薩勧発品に「この人は、現世に白癩〔びゃくらい〕の病を得て
【乃至、諸の悪重病あるべし」と。】
(中略)数々の重い病気にかかる」と説かれ、
【仁王〔にんのう〕経に云はく「人仏教を壊〔やぶ〕らば復孝子無く、】
仁王〔にんのう〕経には「人が仏教を破壊するならば、孝行の子供は、いなくなり、
【六親不和にして天神も祐〔たす〕けず、疾疫〔しつえき〕悪鬼】
親族は、仲が悪くなり、諸天善神も助けず、病気や悪鬼によって
【日に来たりて侵害し、災怪首尾し連禍せん」と。】
日々、悩まされ、異常な災難が絶えることなく続く」と説かれ、
【涅槃〔ねはん〕経に云はく「若し是の経典を信ぜざる者有らば】
涅槃経には「もし、この経典を信じない者がいるならば
【〇若しは臨終の時荒乱〔こうらん〕し、刀兵競ひ起こり、帝王の暴虐、】
(略)臨終の時、世の中は、荒れ果てて、戦乱が競い起こり、帝王の弾圧や、
【怨家の讎隙〔じゅげき〕に侵逼〔しんぴつ〕せられん」(已上)。順現業なり。】
一族の対立によって侵略される」と説かれています。これは、順現受業なのです。
【法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば】
法華経・譬喩品に「もし、人が信じずに、この経を謗〔そし〕るならば、
【〇其の人命終して阿鼻獄に入らん」と。仁王経に云はく】
(略)その人は、命を終えてのち阿鼻地獄に入る」と説かれ、仁王経には
【「人仏教を壊らば〇死して地獄・餓鬼・畜生に入らん」(已上)。】
「人が仏教を破壊するならば(略)死んで後、地獄、餓鬼、畜生に入る」と
【順次生業なり。順後業等之を略す。】
説かれています。これは、順次生業のことです。順後受業などは、省略します。
【疑って云はく、若し爾らば法華真言等の】
しかしながら、もし、そうであるならば、法華・真言などの
【諸大乗経を信ずる者何ぞ此の難に値へるや。】
諸大乗経を信ずる者は、どうして、このような難に遭うのでしょうか。
【答へて曰く、金光明経に云はく】
それは、金光明経に
【「枉〔ま〕げて辜〔つみ〕無きに及〔およ〕ばん」と。】
そのことを「法を曲げて無実の者にまで罪を着せる」と説かれています。
【法華経に云はく「横に其の殃〔わざわい〕に羅〔かか〕る」等云云。】
法華経には「不当に災難となって振りかかる」と説かれているのです。
【止観に云はく「似解〔じげ〕の位は因の】
天台大師の摩訶止観には「見せかけの法華経の信仰者は、普通は、法華誹謗の
【疾〔しつ〕少し軽くして道心転〔うたた〕熟す、】
罪を軽く受けて、その事を原因にして求道心に転換するが、
【果の疾猶重くして】
それでも、このような者の法華誹謗の罪は、遥かに重く、
【衆災を免れず」と。】
なお、災難を免〔まぬが〕れられず」と解説されています。
【記に云はく「若し過現の縁浅ければ】
妙楽大師の法華文句記には「もし、過去の業因に対して現在の信心が浅ければ、
【微苦も亦徴無し」(已上)。此等の文を以て】
微苦といえども、また徴〔しるし〕なし」とあり、これらの文章によって、
【之を案ずるに、法華真言等を行ずる者も未だ位深からず、】
これを思案すると法華、真言などを行じると言っても、いまだ信心が深くなく、
【縁浅くして口に誦すれども】
その信心が浅いままで、いくら、これを唱えても、
【其の義を知らず、一向に名利の為に之を読む。】
その意義さえ理解できず、一様に自分の利益の為にのみ、これを読むのです。
【先生〔せんじょう〕の謗法の罪未だ尽きず、】
要するに、これでは、過去の謗法の罪が、今世で尽きることがないのです。
【外に法華等を行じて内に】
このような人は、外見では、法華などを行じて、内には、法華・誹謗の
【選択の意を存す。】
選択〔せんちゃく〕集の考えがあるのです。
【心に存せずと雖も世情に叶はん為に、在俗に向かって】
心には、なくても、世の中の情勢にあわせる為に、僧侶や信者に向かって、
【法華経は末代に叶ひ難き由を称すれば、此の災難を免れ難きか。】
法華経は、末法に適さないなどと言えば、この災難は、免〔まぬが〕れ難いのです。
【問うて曰く、何なる秘術を以て速やかに此の災難を留むべきや。】
それでは、どのような秘術によって、この災難を止めることが出来るのでしょうか。
【答へて曰く、還って謗法の書並びに所学の人を治すべし。】
それは、逆に謗法の書や、そう言う謗法の人を対治するべきなのです。
【若し爾らざれば無尽の祈請有りと雖も】
もし、そうでなければ、数多くの祈祷をやったとしても、
【但だ費のみ有って験〔しるし〕無からんか。】
ただ、費用ばかりかかって、叶うことは、ないのです。
【問うて曰く、如何が対治すべきか。】
それでは、どのように対治すれば、よいのでしょうか。
【答へて曰く、治方も亦経に之有り。】
その対治の方法は、また経文に書いてあるのです。
【涅槃経に云はく「仏言〔のたま〕はく、】
涅槃経〔ねはんぎょう〕に「仏は、このように言われた。
【唯一人を除きて余の一切に施〔ほどこ〕せ】
ただ一人を除いて、その他のすべての衆生に施〔ほどこ〕しなさい。
【〇正法を誹謗して是の重業を造る】
(略)正法を誹謗して、この重い罪業を造る(略)
【〇唯此くの如き一闡提〔いっせんだい〕の輩を除きて】
ただ、ひとりの一闡提〔いっせんだい〕の者を除いて、
【其の余の者に施さば一切讃歎〔さんだん〕すべし」(已上)。】
その他の者に施すならば、すべて讃歎されるべきである」と説かれています。
【此の文より外にも亦治方有り。】
この他にも、また災害の対治の方法は、多くあるのですが、
【具〔つぶさ〕に戴〔の〕するに暇〔いとま〕あらず。】
それを詳細に述べる暇〔いとま〕は、ここでは、ありませんが、
【而るに当世の道俗多く謗法の一闡提の人に帰して讃歎供養を加ふるの間、】
現在の僧侶、信者の多くが、謗法の一闡提の人に帰依して、讃嘆、供養し、
【偶〔たまたま〕謗法の語を学せざる者も】
たまたま謗法の言い分を知らずに、それを信じなくても、その讃嘆、供養によって
【還って謗法の者と称して怨敵を作す。】
返って謗法の者となって仏の怨敵〔おんてき〕となってしまうのです。
【諸人此の由を知らず故に正法の者を還って謗法の者と謂へり。】
人々は、このような事実を知らない故に、正法の者を返って謗法の者と言うのです。
【此偏〔ひとえ〕に法華経勧持品〔かんじほん〕に記する所の】
ひとえに法華経、勧持品〔かんじほん〕に記〔しる〕された所の
【「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲〔てんごく〕に】
「悪世の中の僧侶は、邪智で心が諂〔へつら〕い曲がっていて
【〇好んで我等が過〔とが〕を出し〇国王・大臣・波羅門・居士に向かって】
(略)好んで、その人の罪を取り上げ(略)国王、大臣、外道、信者に向かって
【〇誹謗〔ひぼう〕して我が悪を説いて、是れ邪見の人】
(略)その人の悪行を説いて誹謗〔ひぼう〕し、この者は、邪見の人であり、
【外道の論議を説くと謂〔い〕はん」の文の如し。】
外道の説を述べていると言う」と説かれている通りなのです。
【仏の讃歎する所の世中の福田〔ふくでん〕を捨てゝ、】
仏が讃歎している世の中の仏種が具〔そな〕わっている福田〔ふくでん〕を捨てて、
【誡むる所の一闡提に於て讃歎供養を加ふ。】
仏が誡〔いまし〕めている一闡提〔いっせんだい〕を讃歎し供養を行うのです。
【故に弥〔いよいよ〕貪欲の心盛んにして謗法の音天下に満てり。】
それ故に、いよいよ、貪欲の心が盛んになり、謗法の音が天下に満ちるのです。
【豈災難起こらざらんや。】
これで、どうして災難が起こらないことが、あるでしょうか。
【問うて曰く、謗法の者に於て供養を留め】
それでは、謗法の者に対して、供養を止め、
【苦治を加へんに罪有りや不や。】
厳しい対治を加えるのは、罪にならないのでしょうか。
【答へて曰く、涅槃経に云はく「今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・】
それは、涅槃経に「今、最高の正法を、諸王、大臣、宰相、
【比丘〔びく〕・比丘尼〔びくに〕に付嘱す〇正法を毀〔そし〕る者は】
僧侶、尼僧に付属する(略)正法を謗る者に対しては、
【王者・大臣・四部の衆当に苦治すべし】
王者、大臣、僧侶、尼僧、男女の信者の人々は、必ず厳しく対治をすべきである
【〇尚罪有ること無し」(已上)。】
(略)この人々が罪になることはない」と説かれています。
【一切衆生は螻蟻〔ろうぎ〕蚊虻〔もんもう〕に至るまで】
一切衆生から螻〔おけら〕、蟻〔あり〕、蚊〔か〕、虻〔あぶ〕に至るまで
【必ず小善有れども謗法の人には小善無し。】
小さくても必ず善根が有りますが、謗法の人には、それは、無いのです。
【故に施を留めて苦治を加ふるなり。】
それ故に布施を止めて、苦しい罰〔ばつ〕を加えるのです。
【問うて曰く、汝僧形〔そうぎょう〕を以て比丘の失を顕はす、】
それでは、あなた自身が僧侶の身でありながら、僧侶の罪を暴〔あば〕くのは、
【豈〔あに〕不謗四衆と不謗三宝との二重戒を破るに非ずや。】
四衆への誹謗と三宝への誹謗の二重の戒を破ることになるのでは、ないでしょうか。
【答へて曰く、涅槃経に云はく「若し善比丘ありて法を壊る者を見て】
それは、涅槃経に「もし、善い僧侶がいて、正法を破る者を見ても、
【置いて呵責〔かしゃく〕し駈遣〔くけん〕し挙処〔こしょ〕せずんば、】
そのままにして、叱責〔しっせき〕し、追求し、罪を処断しなければ、
【当〔まさ〕に知るべし是の人は仏法の中の怨なり。】
この人は、仏法の中の怨〔あだ〕であると知るべきである。
【若し能く駈遣し呵責し挙処せば】
もし、よく追及し、叱責し、罪を処断するならば、
【是れ我が弟子真の声聞なり」(已上)の】
この人は、我が弟子であり、真の声聞である」とあり、
【文を守りて之を記す。】
この文章を守った上で、その通りに、ここに記〔しる〕しているのです。
【若し此の記自然に国土に流布せしめん時、】
もし、この記〔しる〕した文章が自然に日本の国土全体に広まって、
【一度高覧を経〔へ〕ん人は必ず此の旨を存ずべきか。】
一度でもこの文章を読んだ人は、謗法厳戒の意味を知る事ができるでしょう。
【若し爾らずんば大集並びに仁王経の「若し】
この通りにしない者がいるのであれば、大集経と仁王経の文章の「もし、
【国王有って我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護〔おうご〕せざれば】
国王がいて、正法が滅びようとしているのを見て、それを外護しないならば、
【〇其の国の内に三種の不祥を出さん。】
その国の中に穀貴(飢饉)・兵革(戦乱)疫病(伝染病)の三種類の災難が起こり
【乃至、命終して大地獄に生ぜん。若し王の福尽きん時は】
(中略)命を終えてのちに大地獄に生じるのである。もし、王の運が尽きた時には、
【〇七難必ず起こらん」の責を免れ難きか。】
七難が必ず起こるのである」との予言を免〔まぬが〕れることは、できないのです。
【此の文の如くんば且く万事を閣〔さしお〕きて】
この文章の通りであるならば、万事〔ばんじ〕を差し置いて、
【先づ此の災難の起こる由を慥〔たし〕かむべきか。】
先ず、この災難の起こる原因を確かめるべきなのです。
【若し爾らずんば仁王経の「国土乱れん時は先づ鬼神乱る、】
もし、そうであるならば、仁王経の「国土が乱れる時は、まず鬼神が乱れ、
【鬼神乱るゝが故に万民乱る」の文を見よ。】
鬼神が乱れる故に万民が乱れるのである」の文章を見てください。
【当時鬼神の乱・万民の乱有り。】
いま、現在、鬼神の乱、万民の乱が起こっています。
【当に国土乱るべし。愚勘〔ぐかん〕是くの如し。】
まさに国土が乱れており、愚かな私の考えた通りになっているのです。
【取捨は人の意に任す。】
信じる、信じないの取捨選択は、人の心に任せることとします。
【正元二年(太歳庚申】
正元〔しょうげん〕2年(太歳〔たいさい〕庚申〔かのえさる〕)
【二月上旬之を勘ふ】
2月上旬に、これを考え記〔しる〕す