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十法界明因果抄 第二章 天から餓鬼までの因縁
【第二に餓鬼道とは、正法念経に云はく】
第二に餓鬼界の因縁について説明すると、正法念経には
【「昔財〔たから〕を貪〔むさぼ〕りて屠殺〔とさつ〕するの者、】
「昔、財を貪〔むさぼ〕って、生きものを屠殺〔とさつ〕した者が、
【此の報〔むく〕いを受く」と。亦云はく「丈夫自ら美食を噉〔くら〕ひ】
この報いを受ける」と説かれています。また「男が自ら美食を食べて、
【妻子に与へず。或は婦人自ら食して】
妻や子に与えなかったり、あるいは、妻が自ら食べて、
【夫子に与へざるは此の報いを受く」と。】
夫や子に与えない者は、この報いを受ける」と説かれています。
【亦云はく「名利を貪るが為に】
また「名利を貪〔むさぼ〕る為に
【不浄説法する者、此の報いを受く」と。】
不浄な説法をする者が、この報いを受ける」とあります。
【亦云はく「昔酒を酤〔う〕るに水を加ふる者、此の報いを受く」と。】
また「昔、酒を商うときに水を加えて売った者は、この報いを受ける」とあります。
【亦云はく「若し人労して少しく物を得たるを】
また「もし、他人が苦労して得た少ない物を
【誑惑〔おうわく〕して取り用ふる者、此の報いを受く」と。】
騙〔だま〕し取り、用いた者は、この報いを受く」とあります。
【亦云はく「昔行路の人病苦ありて疲極〔ひごく〕せるに、】
また「昔、路を行く人が、病苦の為に苦しんでいるのに、
【其の売〔うりもの〕を欺〔あざむ〕き取り、】
その売りものを欺〔あざむ〕いて取り、
【直〔あたい〕を与ふること薄少なりし者、此の報いを受く」と。】
僅かの代金しか与えない者は、この報いを受く」と説かれています。
【亦云はく「昔刑獄〔けいごく〕に典主〔つかさどり〕、】
また「昔の牢獄の名主〔なぬし〕で、
【人の飲食〔おんじき〕を取りし者、此の報いを受く」と。】
人の飲食物を取った者は、この報いを受く」とあります。
【亦云はく「昔陰涼樹〔おんりょうじゅ〕を伐〔き〕り、】
また「昔、道行く人に涼しい木陰を与える木を伐〔き〕ってしまったり、
【及び衆僧の園林を伐りし者、此の報いを受く」文。】
また、僧侶たちが休む場所の木を伐った者は、この報いを受く」とあります。
【法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗〔きぼう〕せば】
法華経には「もし人が法華経を信じないで誹謗するならば、
【○常に地獄に処すること園観〔おんかん〕に遊ぶが如く、】
(中略)ちょうど庭で子供が遊んでいるように、常に地獄に身を置き、
【余の悪道に在ること己が舎宅〔しゃたく〕の如し」文。】
自分の家にいるように悪道にいる」と説かれています。
【慳貪〔けんどん〕・偸盗〔ちゅうとう〕等の罪に依って】
慳貪〔けんどん〕、偸盗〔ちゅうとう〕などの罪によって
【餓鬼道に堕することは世人知り易し。】
餓鬼界に堕ちることは、世間の人でも知ることは、容易なのですが、
【慳貪等無き諸の善人も謗法に依り】
慳貪〔けんどん〕などの罪のない多くの善人でも、謗法の罪によって、
【亦謗法の人に親近〔しんごん〕し】
さらにまた、謗法の人と親しく交わって、
【自然に其の義を信ずるに依って餓鬼道に堕することは、】
知らず知らずに、その言葉を信じるようになって餓鬼界に堕ちることは、
【智者に非ざれば之を知らず。】
智者でなければ、これを知ることができないのです。
【能〔よ〕く能く恐るべきか。】
それゆえに、よくよく、これを恐れなければ、なりません。
【第三に畜生道とは、愚癡〔ぐち〕無慚〔むざん〕にして】
第三に畜生界とは、愚癡〔ぐち〕である自らを恥じることもなく、
【徒〔いたずら〕に信施の他物を受けて之を償〔つぐな〕はざる者】
むやみやたらと多くの布施を人から受けて、これに報いない者は、
【此の報いを受くるなり。法華経に云はく「若し人信ぜずして】
この畜生界の報いを受けるのです。法華経には「もし人が法華経を信じないで
【此の経を毀謗せば○当に畜生に堕〔だ〕すべし」文。】
この経を誹謗するならば(中略)まさに畜生に堕ちるべし」と説かれています。
【(已上三悪道なり。)】
(以上は、地獄界、餓鬼界、畜生界の三悪道へ堕ちる原因の説明です。)
【第四に修羅道とは、止観〔しかん〕の一に云はく】
第四に修羅界とは、摩訶止観〔まかしかん〕第一巻には
【「若し其の心念々に常に彼に勝らんことを欲し、耐へざれば】
「もし、その心が常に他人と競い争い、勝つことのみを願って、
【人を下し他を軽〔かろ〕しめ己を珍〔たっと〕ぶこと鵄〔とび〕の】
人を見下し、他を軽んじ、自己を貴ぶことは、たとえば、鵄〔とび〕が
【高く飛びて視〔み〕下ろすが如し。】
空を高く飛んで、世間を見下ろすようなものである。
【而も外には仁・義・礼・智・信を揚〔あ〕げて】
それでいて外面では、仁、義、礼、智、信などの道徳を掲〔かか〕げて、
【下品の善心を起こし阿修羅の道を行ずるなり」文。】
低劣な善心を起こし、阿修羅の道を行じる」とあります。
【第五に人道とは、報恩経に云はく】
第五に人界とは、大方便仏報恩経には
【「三帰五戒は人に生ず」文。】
「仏法僧の三宝に帰依し、五戒を持〔たも〕つ者は、人に生まれる」とあります。
【第六に天道とは、二有り。】
第六の天界には、二つがあります。
【欲天には十善を持ちて生じ、色〔しき〕・無色天〔むしきてん〕には】
六欲天には、十善を持〔たも〕つ者が生まれ、色界、無色界の天には、
【下地は麁〔そ〕・苦〔く〕・障〔しょう〕、】
境界の低い者は、麁〔そ〕、苦〔く〕、障〔しょう〕と観じて、これを嫌い、
【上地は静〔じょう〕・妙〔みょう〕・離〔り〕の】
境界の高い者は、静〔じょう〕、妙〔みょう〕、離〔り〕と観じて、
【六行観を以て生ずるなり。】
有漏智によって思惑を断ずる六行観の観法を修して生まれるのです。
【問うて云はく、六道の生因は是くの如し。】
それでは、六道へ生まれる原因は、ほぼ理解できましたが、
【抑〔そもそも〕同時に五戒を持ちて】
同じように五戒を持〔たも〕って
【人界の生を受くるに何ぞ生盲〔しょうもう〕・】
人界に生を受けながら、どうして、生まれながらに目が見えなかったり、
【聾〔ろう〕・瘖瘂〔いんあ〕・痤陋〔ざる〕・】
耳が聞こえなかったり、口が利〔き〕けなかったり、背が低かったり、
【(原文では疒に戀)躃〔れんびゃく〕・背傴〔はいう〕・】
足が不自由であったり、背骨が湾曲〔わんきょく〕したり、
【貧窮〔びんぐ〕・多病〔たびょう〕・】
貧しく、生活に困窮したり、多くの病いを抱えていたり、
【瞋恚〔しんに〕等無量の差別有りや。】
思い通りにならないなどの無量の差別があるのでしょうか。
【答へて云はく、大論に云はく「若しは衆生の眼を破り、】
それは、大智度論には「もし、衆生の眼を曇らせ、
【若しは衆生の眼を屈〔くじ〕り、若しは正見の眼を破り、罪福無しと言はん。】
もし、衆生の眼を狂わせ、もし、正見の眼を誹謗し、その罪に気付かない。
【是の人死して地獄に堕し、罪畢〔おわ〕りて】
このような人は、死んで地獄に堕ち、罪を終えて、
【人と為り、生れてより盲〔めしい〕なり。】
ふたたび人と生まれてからは、生まれながら盲目となる。
【若しは復仏塔の中の火珠及び諸の灯明を盗む。】
もし、また仏塔の中にある太陽の光を集める水晶玉や灯明を盗むなど、
【是くの如き等の種々の先世の業因縁をもて眼を失ふ】
このような前世の種々の業、因縁によって眼を失うのである
【○聾とは是先世の因縁、】
(中略)耳が聞こえない人の前世の因縁は、
【師父の教訓を受けず行ぜず、】
師や父の教訓を受け入れず、また、その通りにせず、
【而も反って瞋恚す。是の罪を以ての故に聾となる。】
しかも返って、それに怒りをなし、この罪によって耳が聞こえなくなる。
【復次に衆生の耳を截〔き〕り、若しは衆生の耳を破り、】
また次に、衆生の耳を塞ぎ、もしくは、衆生の耳に謗法を吹聴し、
【若しは仏塔・僧塔、諸の善人福田〔ふくでん〕の中の犍稚〔かんち〕・】
もしくは、仏塔や僧の塔など、諸の善人にとっての福田の中の打楽器、
【鈴〔りょう〕・貝〔ばい〕及び鼓〔つづみ〕を盗む。故に此の罪を得るなり。】
鈴〔すず〕、法螺〔ほら〕貝や鼓〔つづみ〕を盗むことによって、この罪を受ける。
【先世に他の舌を截〔き〕り、或は其の口を塞〔ふさ〕ぎ、】
前世において、他人の舌を切り、あるいは、その口を塞〔ふさ〕ぎ、
【或は悪薬を与へて語ることを得ざらしめ、或は師の教へ、】
あるいは、悪い薬を与えて語〔かた〕れなくさせ、あるいは、師匠の教え、
【父母の教勅〔きょうちょく〕を聞き其の語を断つ○世に生まれて人と為り】
父母の教えを聞いて、途中で遮〔さえぎ〕る(中略)世に生まれて人となるが、
【啞〔あ〕にして言ふこと能〔あた〕はず】
声を失い、物を言うことができない(中略)
【○先世に他の坐禅を破り、坐禅の舎〔いえ〕を破り、】
前世で他人の坐禅を破り、坐禅の家を破壊し、
【諸の呪術〔じゅじゅつ〕を以て人を呪して瞋〔いか〕らし闘諍し淫欲せしむ。】
諸の呪術をもって人を呪して、悩乱させ、闘諍させ、淫欲させた者は、
【今世に諸の結使厚重なること、】
今世に種々の煩悩が旺盛であって、
【婆羅門の其の稲田〔とうでん〕を失ひ其の婦〔つま〕復死して】
バラモンが、その財産を失い、また妻を亡くして
【即時に狂発して裸形〔らぎょう〕にして走りしが如くならん】
即座に発狂し、裸のまま走り出すような姿になるであろう。
【○先世に仏・阿羅漢〔あらかん〕・辟支仏〔びゃくしぶつ〕の食】
前世において仏、阿羅漢〔あらかん〕、辟支仏〔びゃくしぶつ〕の食物や
【及び父母所親の食を奪へば、】
父母、親族の食物を奪えば、
【仏世に値ふと雖も猶故〔なお〕飢渇〔けかち〕す。】
仏の在世に生まれることができたとしても、なお飢渇の苦悩を受けるのである。
【罪の重きを以ての故なり】
その罪が重いからである。
【○先世に好んで鞭杖〔べんじょう〕・】
(中略)前世に好んで鞭〔むち〕や杖〔つえ〕で人を打ち、
【拷掠〔こうりょう〕・閉繋〔へいけい〕を行じ】
拷問〔ごうもん〕し、拘束したりして、
【種々に悩ますが故に今世に病を得るなり】
種々に悩ませた為に、今世に病いとなって現れるのである。(中略)
【○先世に他の身を破り、其の頭を截り、】
前世に他人の身を傷つけ、その頭を斬り、
【其の手足を斬り、種々の身分を破り、或は仏像を壊〔やぶ〕り、】
その手足を斬り、種々に身体を傷つけ、あるいは、仏像を破壊し、
【仏像の鼻及び諸の賢聖の形像を毀〔やぶ〕り、或は父母の形像を破る。】
その仏像の鼻や多くの賢人、聖人の像を壊し、また父母の像を壊す。
【是の罪を以ての故に形を受くるに多く具足せず。】
この罪によって、不具の身となるのである。
【復次に不善法の報い、身を受くること醜陋〔しゅうる〕なり」文。】
また、不善の法を修行した報いとして、醜い身体となるのである」とあります。
【法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば】
法華経の譬喩品には「もし、人、信ぜずして、この経を誹謗せば、
【○若し人と為ることを得ては諸根闇鈍〔あんどん〕にして】
(中略)もし、人と生まれることがあっても、身体は、暗愚であり、
【盲・聾・背傴〔はいう〕ならん】
目が生まれつき見えず、耳が聞こえず、背骨が湾曲〔わんきょく〕する。
【○口の気〔いき〕常に臭く、鬼魅〔きみ〕に著せられん。】
(中略)口の息は、常に臭く、妖怪変化〔へんげ〕に憑〔と〕りつかれる。
【貧窮〔びんぐ〕下賎〔げせん〕にして人に使はれ、】
貧乏で生活に困窮し、下品〔げひん〕で卑〔いや〕しく、人に使われ、
【多病瘠痩〔しょうそう〕にして依怙〔えこ〕する所無く○】
多くの病いの為に痩〔や〕せ細り、頼るところもない。(中略)
【若しは他の叛逆〔ほんぎゃく〕し抄劫〔しょうこう〕し竊盗〔せっとう〕せん。】
もしくは、他人が反逆し、略奪し、窃盗をする。
【是くの如き等の罪横〔よこしま〕に其の殃〔わざわい〕に羅〔かか〕らん」文。】
このような法華誹謗の罪の為に、数々の災いに罹〔かか〕る」とあります。
【又八の巻に云はく「若し復是の経典を受持する者を見て】
また、法華経の不賢菩薩勧発品には「もし、また、この経典を受持する者をみて、
【其の過悪を出ださん。若しは実にもあれ若しは不実にもあれ、】
その過失や悪行を訴えれば、たとえ、それが事実であっても、事実でなくても、
【此の人は現世に白癩〔びゃくらい〕の病を得ん。】
その人は、現世においては、白癩〔びゃくらい〕の病いを得る。
【若し之を軽笑〔きょうしょう〕すること有らん者は】
もし、これを嘲〔あざけ〕笑う者は、
【当に世々に牙歯〔げし〕疎〔す〕き欠〔か〕け・】
どのような世であっても、歯は、欠け、歯の間が空〔す〕いて、
【醜〔みにく〕き脣〔くちびる〕平める鼻・】
醜〔みにく〕い唇、平たい鼻となり、
【手脚〔しゅきゃく〕繚戻〔りょうらい〕し、】
手足は、曲がりくねり、
【眼目角睞〔かくらい〕に、身体臭穢〔しゅうえ〕・悪瘡〔あくそう〕・】
眼は、斜視となり、身体は、臭く汚く、悪瘡〔あくそう〕ができ、
【膿血〔のうけつ〕・水腹〔すいふく〕・短気〔たんけ〕】
膿(うみ)や血が溜まり、腹水が溜まり、精神障害が起きるなどの
【諸の悪重病あるべし」文。】
数々の悪しく重い病いとなる」と説かれています。
【問うて云はく、何なる業を修する者が六道に生じて其の中の王と成るや。】
それでは、どのような業を作った者が六道の中で王となるのでしょうか。
【答へて云はく、大乗の菩薩戒を持して之を破る者は】
それは、大乗の菩薩戒を持〔たも〕っていた者が、これを破って六道に堕ち、
【色界の梵王〔ぼんのう〕・】
色界の梵王〔ぼんのう〕、
【欲界の魔王〔まおう〕・帝釈〔たいしゃく〕・四輪王〔りんのう〕・】
欲界の魔王〔まおう〕、帝釈〔たいしゃく〕、転輪聖王〔てんりんじょうおう〕、
【禽獣〔きんじゅう〕王・閻魔〔えんま〕王等と成るなり。】
禽獣〔きんじゅう〕王、閻魔〔えんま〕王となるのです。
【心地観経〔しんじかんぎょう〕に云はく「諸王の受くる所の諸の福楽は、】
心地観経〔しんじかんぎょう〕には「諸王が受けるところの諸の福運や安楽は、
【往昔〔むかし〕曾〔かつ〕て三つの浄戒を持ち、】
かつて過去に三つの浄戒を持〔たも〕ち、
【戒徳薫修〔くんじゅう〕して招き感ずる所にして、】
その戒徳〔いとく〕が積もって、招き感ずるもので、
【人天の妙果として王の身を獲たり】
人界、天界の妙果として、王の身を受ける。
【○中品に菩薩界を受持すれば、福徳自在の転輪王となり、】
○中程度に菩薩戒を受持すれば、福徳が自在の転輪聖王となって、
【心の所作に随ひて尽〔ことごと〕く皆成じ、】
心の思うまま、すべて、その願いが成就し、
【無量の人天悉く遵奉〔じゅんぶ〕せん。】
無量の人界、天界の衆生から尊ばれる。
【下の上品に持すれば大鬼王となり、】
下の上程度に菩薩戒を持〔たも〕つならば、大鬼王となって、
【一切の非人咸〔ことごと〕く率伏〔りっぷく〕せん。】
すべての天、龍、夜叉などの八部衆が、ことごとく従い、
【戒品を受持して欠犯〔けつぼん〕すと雖も、】
これは、戒を受持して、後に、それを破り犯したとしても、
【戒の勝るゝに由るが故に王と為ることを得るなり。】
持〔たも〕った戒が優れていたので、それで王となるのである。
【下の中品に持すれば禽獣の王となり、】
下の中程度の菩薩戒を持〔たも〕つならば、禽獣の王となって、
【一切の飛走皆帰伏〔きぶく〕せん。】
一切の空を飛ぶ鳥や地を走る獣が、すべてが服従する。
【清浄の戒に於て欠犯有るも戒の勝るゝに由るが故に】
清浄の戒において後に破ることがあっても、持〔たも〕った戒が優れていたので
【王と為ることを得るなり。下の下品に持すれば、】
王となることができたのです。下の下程度に菩薩戒を持〔たも〕つならば、
【琰魔王〔えんまおう〕として地獄の中に処して常に自在なり、】
閻魔王として、地獄の中にあって、常に自由自在である。
【禁戒〔きんかい〕を毀〔やぶ〕り悪道に生ずと雖も、】
禁戒〔きんかい〕を破り、悪道に生まれたとしても、
【戒の勝るゝに由るが故に王と為ることを得るなり】
過去に持〔たも〕った戒が優れているので王となる。
【○若し如来の戒を受けざること有らば、】
○もし、その過去において如来の戒を受けていなければ、
【終〔つい〕に野干〔やかん〕の身をも得ること能〔あた〕はず。】
結局は、野干の身さえ得ることができず、
【何に況んや、能〔よ〕く人天の中の最勝の快楽〔けらく〕を感じて、】
まして、人界や天界の中で最勝の快楽を感ずる
【王位に居せんをや」文。】
王位につくことができようか」と説かれています。
【安然〔あんねん〕和尚の広釈に云はく「菩薩の大戒は】
比叡山の学匠である安然〔あんねん〕の普通授菩薩戒広釈には「菩薩の大戒は、
【持して法王と成り、犯して世王となる。】
持〔たも〕った者は、法王となり、犯した者は、世王となる。
【而も戒の失〔う〕せざること譬〔たと〕へば金銀を器と為すに用ふるに貴く、】
持戒の功徳がなくならないことは、たとえば、金銀をもって器とすれば尊く、
【器を破りて用ひざるも】
たとえ器が壊れて、もちいられなくても、
【而も宝は失せざるが如し」と。】
やはり、宝の価値が、なくならないようなものである」とあります。
【亦云はく「無量寿観に云はく、】
また「観無量寿経には、
【劫初〔こっしょ〕より已来八万の王有りて其の父を殺害すと。】
この世の初めから、今までに八万の王がいて、その父を殺害したとあり、
【此則ち菩薩戒を受け国王と作〔な〕ると雖も、】
これは、菩薩戒を受けて国王となったが、
【今殺の戒を犯して皆地獄に堕〔だ〕すれども、】
いま殺生の戒を犯して、みな、地獄に堕ちたけれども、
【犯戒〔ぼんかい〕の力も王と作るなりと。】
犯した戒であっても、その戒の力で王となるのである。
【大仏頂〔だいぶっちょう〕に云はく、発心の菩薩罪を犯せども、】
大仏頂経には、菩薩心を発した菩薩は、罪を犯しても、
【暫〔しばら〕く天神地祇〔ちぎ〕と作ると。】
当分の間は、天神、地祇となるのである。
【大随求〔だいずいぐ〕に云はく、】
唐の宝思惟〔ほうしゆい〕訳の大随求〔だいずいぐ〕陀羅尼〔だらに〕経には、
【天帝命尽きて忽〔たちま〕ち驢〔ろ〕の腹に入れども、】
天界の帝釈は、命が尽きて後、たちまちに驢馬〔ろば〕の腹に入ったが、
【随求の力に由って還って天上に生ずと。】
大随求〔だいずいぐ〕陀羅尼〔だらに〕の力によって、また天界に生まれたとあり、
【尊勝〔そんしょう〕に云はく、】
唐の杜行顗〔とぎょうぎ〕訳の仏頂尊勝〔そんしょう〕陀羅尼〔だらに〕経には、
【善住天子死後七返〔へん〕、応に畜生の身に堕すべきを】
天界三十三天の善住天子は、死後七返にわたり、畜生の身に堕ちるところを、
【尊勝の力に由って還って天の報を得たりと。】
尊勝〔そんしょう〕陀羅尼〔だらに〕の力により、また、天界に居られたのである。
【昔国王有り千車をもって水を運び、仏塔の焼くるを救ふ。】
昔、国王がおり、千車をもって水を運び、仏塔の焼けるのを救ったが、
【自ら憍心〔きょうしん〕を起こして修羅王と作る。】
自ら、驕〔おご〕り高ぶる心を起こしたために、阿修羅王となった。
【昔梁〔りょう〕の武帝五百の袈裟〔けさ〕を】
昔、梁の武帝は、五百の袈裟〔けさ〕を
【須弥山〔しゅみせん〕の五百の羅漢に施す。】
須弥山〔しゅみせん〕にいる五百人の阿羅漢〔あらかん〕に布施をした。
【誌公往〔ゆ〕いて五百に施すに】
南北朝時代の僧、妙覚大師は、過去に五百人の阿羅漢〔あらかん〕に布施をしたが、
【一を欠く。衆の云はく、】
一人の阿羅漢〔あらかん〕に対して布施を欠かしてしまい、人々は、
【罪を犯すも暫く人王と作らんと。即ち武帝是なり。】
その罪により、しばらく人王となったが、それが武帝なのであると言った。
【昔国王有りて民を治むること等しからず。】
昔、ある国王がいて、民衆を治める姿勢が平等でなかったので、
【今天王と作れども大鬼王と為る。】
今は、天王となったが、非常に乱暴な大鬼神となった。
【即ち東南西の三天王是なり。】
それが東方、南方、西方を守護する持国、増長、広目の三天王である。
【拘留孫〔くるそん〕の末に菩薩と成りて発誓〔ほっせい〕し】
また、小乗教の拘留孫〔くるそん〕仏の末に菩薩となって誓願を起こし、
【現に北王と作る、毘沙門〔びしゃもん〕是なり」云云。】
それが、現在、北方を守護する天王の毘沙門である」とあります。
【此等の文を以て之を思ふに、小乗戒を持して】
これらの文章をもって思うのには、小乗戒を持〔たも〕ち、
【破る者は六道の民と作り、大乗戒を破する者は】
それを破る者は、六道の民衆となり、大乗戒を持〔たも〕ち、それを破る者は、
【六道の王と成り、持する者は仏と成る是なり。】
六道の王となり、持〔たも〕ち続けた者は、仏となるのです。