御書研鑚の集い 御書研鑚資料
主師親御書 背景と大意
本抄は、建長7年(西暦1255年)、日蓮大聖人が34歳の時に鎌倉において著作されたものです。
対告衆〔たいごうしゅう〕は、不明ですが、本抄の内容から女性に与えられたものと思われます。
主師親御書の題名については、「釈迦仏は我等が為には主なり、師なり、親なり」 との書き出しにより、後世に付けられたもので、別名を「釈尊三徳抄」と言います。
御真筆は、現存していません。
この主師親の三徳とは、本来、仏に具〔そな〕わっている三種類の徳のことです。
日蓮大聖人は、この三徳について「一切衆生の尊敬〔そんぎょう〕すべき者三つあり。所謂〔いわゆる〕、主・師・親これなり」(御書523頁)と、すべての人々が尊敬すべきものとして示されています。
主徳とは、主人の徳のことで人々を守護する働きをいい、師徳とは、師匠の徳で衆生を正しい道に導く働きをいい、親徳とは、親の徳の事で衆生を慈〔いつく〕しむ働きのことをいいます。
これらの徳を具〔そな〕えた人は、歴史上、数多く見られますが、大聖人は、「かくのごとく巧みに立つといえども、いまだ過去・未来を一分もしらず(中略)但現在計りしれるににたり」(御書524頁)と述べられて、この三徳も三世にわたらなければ、真実の三徳とはならないことを指摘されています。
釈迦牟尼仏は、法華経・譬喩品〔ひゆほん〕において、「今此〔こ〕の三界は皆是〔これ〕我が有〔う〕なり(主徳)其〔そ〕の中の衆生悉〔ことごと〕く是れ吾〔わ〕が子〔こ〕なり(親徳)而〔しか〕も今此の処〔ところ〕、諸〔もろもろ〕の患難〔げんなん〕多し唯〔ただ〕我一人のみ能〔よ〕く救護〔くご〕を為〔な〕す(師徳)」と、仏のみが一切の人々を救済する三徳を兼ねそなえていると説いています。
しかし、三徳を具える仏といっても、インドに生誕した釈迦牟尼仏は、熟脱〔じゅくだつ〕の教主であり、その教えは、仏滅後二千年間までの正法・像法時代の衆生の為のもので、末法の衆生を救済することは、できません。
正像二千年の衆生は、過去にすでに仏種を植えられている本己有善〔ほんい・うぜん〕の機根であった為、法華経の熟脱〔じゅくだつ〕の教主である釈迦牟尼仏に緑が深かったのに対し、末法の衆生は、未だかつて仏種を植えられたことがない本末有善〔ほんみ・うぜん〕の機根である為、熟脱の教主であるインド出現の釈迦牟尼仏とは、まったく無縁なのです。
末法の一切衆生を平等に救う仏については、人本尊、開顕〔かいけん〕の書たる開目抄において日蓮大聖人が「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」(御書577頁)と述べられており、さらに「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり(中略)三世常恒〔じょうごう〕の日蓮は今此三界の主なり」(御書1710頁)と述べられているように日蓮大聖人こそが、下種〔げしゅ〕の教主、末法の主師親の三徳を兼備する仏であることを明かされています。
それ故に末法においては、この末法の御本仏、日蓮大聖人が書き顕された本門戒壇の大御本尊を持〔たも〕ち、南無妙法蓮華経と唱えること以外に成仏する直道はありません。
私達、末法の本末有善の衆生にとって、この会い難き大御本尊に御目通りして題目を唱えて即身成仏を遂げることが、最も大切な事なのです。
それ以外の現世の繁栄、栄誉は、すべて幻の楽しみ、夢中の権果〔ごんか〕であるのです。
つまり、三徳兼備の末法の御本仏、日蓮大聖人が末法の衆生の為に遺〔のこ〕された弘安二年の大御本尊なしでは、末法の衆生をして絶対に成仏をすることができない故に、唯一最高の最大の価値があるのです。
しかし、本抄においては、大聖人の宗旨・建立〔こんりゅう〕から、わずか後の御述作である為に、大聖人自〔みずか〕らが文底下種の教主であることを直〔ただ〕ちには、明らかにされていません。
しかし、この時期においても、主師親の三徳について述べられている意味は、重大なのです。
本抄が著わされたこの時期の民衆は、仏とは、主に阿弥陀仏や奈良の大仏などの仏像のことであり、主師親の三徳兼備の法華経の行者である僧であっても、とても仏と敬うことなど考えられなかったのです。
本抄でも、最初にその事に触れられ、インドに生誕した人である釈迦牟尼仏が娑婆世界の仏であって、阿弥陀如来など経文に出て来る仏は、法華経に導く為の仮の仏、権仏〔ごんぶつ〕であり、真実の仏ではないことを強調されています。
さらに、その釈迦牟尼仏が真実として説かれた法華経以前に説かれた方便の教えを信じた者に対し「南無妙法蓮華経とだに唱へ奉りたらましかば、速やかに仏に成るべかりし衆生ども」(御書49頁)が、この権教に説かれたことを信じて戒律を持〔たも〕ち、天界の神となって、また、国王、大臣、貴族、殿上人〔てんじょうびと〕となって、これほどの楽しみなどないと固く信じて、このような現世の少しばかりの結果に満足して歓んでいたのです。
この時の心境を大聖人は、開目抄に「日本国に此をしれる者、但日蓮一人なり。これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟〔しゆい〕するに、法華経・涅槃〔ねはん〕経等に此の二辺を合はせ見るに、いわずば今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つべし。いうならば三障四魔必ず競〔きそ〕ひ起こるべしとし〔知〕りぬ。二辺の中にはいうべし。」(御書538頁)と述懐されています。
本抄においても、この三障四魔について、法華経第四巻・法師品の「而〔しか〕も此の経は如来の現在すら猶〔なお〕怨嫉〔おんしつ〕多し、況んや滅度の後をや」(御書49頁)を挙げられて、末法の法華経の行者に大難が起こることに触れられており、この法華経の文章の意味は、釈迦牟尼仏の在世以上に、その滅後において、はるかに大きい難があるという事なのですが、第26世、日寛上人〔にちかん・しょうにん〕は、取要抄文段において「所引の文意に云く、在世尚爾なり、況んや正像をや。正像尚爾なり。何に況や末法をやと云云。故にこの文は滅後を以て正と為し、滅後の中にも末法を正と為すなり」と述べられており、滅後とは、日蓮大聖人御在世の末法のことであると仰せになっておられます。
本抄においても、末法においてインド生誕の釈迦牟尼仏以上の大難に遭〔あ〕う法華経の行者がいるはずであり、世の中は、三毒強盛の悪人ばかりで五濁悪世の末法の様相であるにもかかわらず、一向にそのような者が現れないのは、法華経のこの文が間違いなのか、それとも、この後、その日蓮大聖人が、法華経の故に大難に遭われて、そのような人生を歩まれるのか「能く能く心得べき事なり。明〔あき〕らむべき物なり。」(御書49頁)と仰せになっているのです。
日蓮大聖人は、すでに、この時、建長5年(西暦1253年)4月28日の立宗より、すでに多くの人々の怨嗟〔えんさ〕の的となっており、安房国〔あわのくに〕の地頭、東条景信による生死におよぶ迫害にあっているのです。
ただ、この時期においては、未だ佐渡以前(佐前)であり、本門の題目の流布の時代であって、本門の本尊、本門の戒壇については、いまだ詳しくは、明かされていません。
これらのことについては、この後の御書において、真言諸宗違目に「日蓮は日本国の人の為には賢父〔けんぷ〕なり、聖親〔せいしん〕なり、導師なり。」(御書600頁)、観心本尊抄に「此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為〔な〕す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。月支〔がっし〕・震旦〔しんだん〕に末〔いま〕だ此の本尊有〔ましま〕さず。」(御書661頁)、一谷入道女房御書に「日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし。」(御書830頁)、上野殿御返事に「今、末法に入りぬれば余経も法華経もせん〔詮〕なし。但南無妙法蓮華経なるべし。(中略)此の南無妙法蓮華経に余事をまじ〔交〕へば、ゆゝしきひが〔僻〕事なり。日出でぬればとぼし〔灯〕びせん〔詮〕なし。」(御書1219頁)、御義口伝に「末法の仏とは凡夫なり、凡夫僧なり。法とは題目なり。僧とは我等行者なり。仏共〔とも〕云はれ、又は凡夫僧共云はるゝなり。」(御書1779頁)と述べられているところです。
このように、この後の日蓮大聖人の御振舞いは、法師品に説かれた末法の法華経の行者としての現実の御姿であり、まさに、この主師親の三徳兼備を現わされておられるのです。
本抄では、法華経第三巻に説かれている授記品の「如従飢国来〔にょじゅう・けこく・らい〕忽遇大王膳〔こつぐ・だいおうぜん〕」、つまり「飢ゑたる国より来たりて忽ちに大王の膳にあへり」(御書48頁)の文を挙げられて、この中の「飢ゑたる国」とは、謗法の人々が住む日本のことであり、
大王膳とは、「南無妙法蓮華経に値ひ奉る事」であり、この大王とは、三徳兼備の末法の御本仏、日蓮大聖人のことなのです。
このように「南無妙法蓮華経に値ひ奉る事」ならば、法華経以前の経文で、決して仏に成れないとされた二乗(縁覚、声聞)も「忽〔たちま〕ち」に即身成仏をすることができるのです。
また、法華経・提婆達多品において「女人の身には、猶〔なお〕五障〔ごしょう〕有り。一には梵天王と作〔な〕ることを得ず。二には帝釈、三には魔王、四には転輪聖王、五には仏身なり。云何〔いかん〕ぞ女身、速やかに成仏することを得ん」と説かれ、また、幼い時は、親に従い、嫁いでからは、夫に従い、最後には、子に従うように、人生において、常に周りの環境に左右され、自らの意思を貫くことができない「三従」の女性であっても即座に成仏が叶うと御教示されています。
第六十六世、日達上人猊下は、このことについて「仏は、三徳兼備であります。主師親の三徳を備えて衆生を導くのです。(省略)末法の時代は、南無妙法蓮華経を説かれた仏様、すなわち日蓮大聖人様が主師親三徳の仏であります。それを忘れて、いまの身延派においても、その他の同じ南無妙法蓮華経と唱える邪宗は、日蓮大聖人様を忘れて、なにも末法の縁のないところのお釈迦様を仏として立てて、お題目を唱えている。これほど間違ったことはない。釈迦に、いくら南無妙法蓮華経と唱えても、それは通ずるわけはないのです。(省略)これは釈尊の時代のことであって、末法は日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経であります。南無妙法蓮華経は、日蓮大聖人様が久遠の昔から所持されているところの本法であって、南無妙法蓮華経と唱える以上、日蓮大聖人様を拝み奉るのは当然の理であります。しかし、日蓮大聖人様は、すでに亡くなられているので、その魂、日蓮大聖人様の御生命が、本門戒壇の大御本尊様であり、法報応の三身、相即したところの御本尊様であります。この御本尊様が、末法の三徳兼備したところの仏様です。この本門戒壇の大御本尊に向かって、題目を口に唱え身をもって折伏を行じてこそ、真実の法華経の行者であります。いわゆる法華経の不自惜身命の行者は、われわれ日蓮正宗の信徒以外にないという堅い決心をもって題目を唱え、ますます折伏に励まれ、この世の人々とともに成仏して、そして広宣流布を実現し、立派な常寂光土の世界を建設されんことを願う次第であります。」(昭和37年9月7日、小田原教会にて)と明確に御指南されています。