御書研鑚の集い 御書研鑽資料
諫暁八幡抄 第五章 諸宗破折に対する疑難を破す
【我が弟子等の内、謗法の余慶有る者の思ひていわく、】
我が弟子等の中で謗法が、まだある者が考えて言うことには、
【此の御房は八幡をかたきとすと云云。】
この御房は、八幡大菩薩を敵〔かたき〕にしていると言っています。
【これいまだ道理有りて法の成就せぬには、】
これらの非難は、道理があるのに法が成就しない場合は、
【本尊をせむるという事を存知せざる者の思ひなり。】
本尊を責めるということを、いまだ知らない者が考えることなのです。
【付法蔵経と申す経に大迦葉尊者の因縁を説いて云はく】
付法蔵経という経文に大迦葉尊者の因縁を説かれているのには、
【「時に摩竭〔まかつ〕国に婆羅門〔ばらもん〕有り、】
「中インドの摩竭陀〔まがだ〕国に婆羅門〔ばらもん〕がいて、
【尼倶律陀〔にくりだ〕と名づく。】
尼倶律陀〔にくりだ〕という名前であったが、
【過去の世に於て久しく勝業を修し〇多く財宝に饒〔ゆた〕かにして】
過去世に、たいへん優れた業を作った功徳によって、現世に多くの財宝を有し、
【巨富無量なり〇摩竭王に比するに千倍勝れりと為す〇】
巨万の富を持っており、それは、国王に比べても千倍も多い財宝であった。
【財宝饒かなりと雖も子息有ること無し。】
ところが、財宝は、豊かであったが、後を継ぐ子供がいなかった。
【自ら念〔おも〕はく、老朽して死の時将に至らんとす。】
彼は、歳をとって死が近づいてきたが、
【庫蔵の諸物委付する所無し。】
蔵にある財宝を譲る者がいないと思い、ただ嘆〔なげ〕いていた。
【其の舍〔いえ〕の側に於て樹林〔じゅりん〕神有り。】
その尼倶律陀〔にくりだ〕の屋敷の近くに樹林〔じゅりん〕神が祭ってあり、
【彼の婆羅門子を求むるが為の故に】
そこで、尼倶律陀〔にくりだ〕は、子供が欲しい一心で、
【即ち往〔ゆ〕いて祈請す。】
その樹林〔じゅりん〕神に、跡取りの子供を授けて欲しいと祈願をした。
【年歳を経歴〔きょうりゃく〕すれども微応〔みおう〕も無し。】
ところが何年過ぎても、何も起きず、
【時に尼倶律陀大いに瞋忿〔しんぷん〕を生じて樹神に語りて曰く、】
尼倶律陀〔にくりだ〕は、大いに怒り、樹林〔じゅりん〕神に向かって
【我汝に事〔つか〕へてより来〔このかた〕已に年歳を経れども】
我は、汝〔なんじ〕に仕えて、すでに数年になるが、
【都〔すべ〕て為に一の福応を垂るゝを見ず。】
およそ、一つの幸いも見えない。
【今当に七日至心に汝に事ふべし。】
今、また七日間、誠実に汝〔なんじ〕に仕えてみるが、
【若し復〔また〕験〔しるし〕無くんば】
もし、それでも、験〔しるし〕がなければ、
【必ず相焼剪〔しょうせん〕せん。】
必ず、汝〔なんじ〕を焼き払うと言い放った。
【明らかに樹神聞き已って甚だ愁怖〔しゅうふ〕を懐〔いだ〕き、】
樹林〔じゅりん〕神は、これを聞いて、大いに驚き、
【四天王に向って具〔つぶさ〕に斯〔こ〕の事を陳〔の〕ぶ。】
四天王に詳しく、このことを申しあげた。
【是に於て四王往いて帝釈に白〔もう〕す。】
すると四天王は、更に帝釈のところに行って、これを言上した。
【帝釈、閻浮提の内を観察するに】
帝釈が、閻浮提のうちを観察したところ、
【福徳の人の彼の子と為るに堪ふる無し。】
福徳の尼倶律陀〔にくりだ〕の子供となるような人が、見あたらなかった。
【即ち梵王に詣で広く上の事を宣ぶ。】
そこで帝釈は、梵天王のところに行って詳しくこのことを申し上げた。
【爾の時に梵王天眼を以て観見するに、】
そのときに梵天王は、天眼をもって観るに、
【梵天の当に命終〔みょうじゅう〕に臨むべき有り。而して之に告げて曰く、】
梵天で、今まさに亡くなろうとしている者がいた。そこで梵天王は、その者に
【汝若し神を降さば】
汝〔なんじ〕が、もし梵天界から降りたならば、
【宜しく当に彼の閻浮提界の婆羅門の家に生ずべし。】
あの閻浮提〔えんぶだい〕の尼倶律陀〔にくりだ〕の家に生まれよと命じた。
【梵天対〔こた〕へて曰く、婆羅門の法、悪邪見多し。】
それに梵天の者が答えて言うのに、婆羅門の法には、悪見、邪見が多いので、
【我今其の子と為ること能はざるなり。】
私は、そのような者の子供となることは、できませんと断った。
【梵王復言はく、彼の婆羅門大威徳有り。】
梵天王が、また言うのに、彼の婆羅門〔ばらもん〕は、大威徳があって、
【閻浮提の人往いて生ずるに堪ふる莫〔な〕し。】
閻浮提〔えんぶだい〕の中で彼の子供となって生まれることが出来る者がいない。
【汝必ず彼〔かしこ〕に生ぜば、】
汝〔なんじ〕が、もし、その子供となって生まれたならば、
【吾相〔あい〕護〔まも〕りて終〔つい〕に汝をして邪見に入らしめざらん。】
我は、汝〔なんじ〕を護り、汝〔なんじ〕が邪見に入らぬようにすると述べた。
【梵天曰く、諾〔だく〕。敬〔つつし〕んで聖教を承〔う〕けんと。】
その言葉に梵天の者が、謹んで仰せの通りにすると答えた。
【是に於て帝釈即ち樹神に向って斯くの如き事を説く。】
そこで、このことを帝釈に、帝釈が樹林〔じゅりん〕神に伝えた。
【樹神歓喜して尋〔つ〕いで其の家に詣〔いた〕って婆羅門に語らく、】
樹林〔じゅりん〕神は、歓喜して尼倶律陀〔にくりだ〕の家に行って言うには、
【汝今復恨〔うら〕みを我に起こすこと勿れ。】
汝〔なんじ〕は、もはや、我を怨〔うら〕んではならない。
【劫〔さ〕って後七日当に卿が願を満たすべし。】
これから七日後に、あなたの願いを満たすであろうと告げた。
【七日に至って已に婦〔つま〕娠〔はら〕むこと有るを覚え、】
七日が経って、婆羅門〔ばらもん〕の妻が身ごもり、
【十月を満足して一男児を生めり。乃至今の迦葉等是なり」云云。】
十月を経て、一男児を産んだ。それが今の大迦葉である」とあります。
【「時に応じて尼倶律陀〔にくりだ〕大いに瞋忿〔しんぷん〕を生ず」等云云。】
ここに「尼倶律陀〔にくりだ〕は、大いに怒〔いか〕りを生す」などとあります。
【常のごときんば、氏神に向って大瞋恚〔しんに〕を生ぜん者は、】
普通ならば、氏神に向かって大瞋恚〔しんに〕を生ずる者は、
【今生には身をほろぼし、後生には悪道に堕つべし。】
今生には、身を滅ぼし、後生には、悪道に堕ちることでしょう。
【然りと雖も尼倶律陀長者は氏神に向かって】
しかし、そうではあっても、尼倶律陀〔にくりだ〕長者は、氏神に向かって
【大悪口大瞋恚を生じて大願を成就し、賢子をまうけ給ひぬ。】
大悪口、大瞋恚〔しんに〕を生じて、大願を成就させ賢い子供を得られたのです。
【当に知るべし、瞋恚は善悪に通ずる者なり。】
このことからも、怒〔いか〕りは、善悪に通じるものと知るべきです。
【今日蓮は去ぬる建長五年(癸丑)四月廿八日より、】
今、日蓮は、去る建長5年4月28日から、
【今年弘安三年(太歳庚辰)十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし。】
今年弘安3年12月に至るまで、28年の間、他事は、一切なく、
【只妙法蓮華経の七字五字を】
ただ、妙法蓮華経の七字、五字を
【日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。】
日本の一切衆生の口に入れようと励んできたのです。
【此即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり。】
これは、母親が乳児の口に乳を含〔ふく〕ませようとする慈悲と同じなのです。
【此又時の当らざるにあらず、】
このような法華経の弘通は、これは、時期が来たからであって、
【已に仏記の五五百歳に当たれり。】
今は、すでに、仏記の第五の五百歳にあたっています。
【天台・伝教の御時は時いまだ来たらざりしかども、】
天台大師や伝教大師の時代は、いまだ、その時期に至っていませんでしたが、
【一分の機ある故に少分流布せり。】
一部だけ理解力が整った者たちがいたので、法華経も少しだけ流布したのです。
【何〔いか〕に況んや今は已に時いたりぬ。】
ましてや、現在は、すでに時期が到来しています。
【設〔たと〕ひ機なくして水火をなすとも】
たとえ、理解する力がなくて、水火のように反発したとしても、
【いかでか弘通せざらむ。】
どうして、法華経を弘通しないで、いられるでしょうか。
【只不軽のごとく大難には値ふとも、】
不軽菩薩のように大難に遭〔あ〕うことがあったとしても、
【流布せん事疑ひなかるべきに、】
この大法が流布する事は、疑いないのに、
【真言・禅・念仏者等の讒奏〔ざんそう〕に依りて】
真言、禅、念仏者などの讒言〔ざんげん〕によって、
【無智の国主留難〔るなん〕をなす。】
無智な国主などが迫害して難を加えているのです。
【此を対治すべき氏神八幡大菩薩、彼等の大科を治せざるゆへに、】
これを対治すべき氏神の八幡大菩薩は、彼ら謗法者を治罰しないので、
【日蓮の氏神を諫暁〔かんぎょう〕するは道理に背くべしや。】
日蓮が氏神を責め立てるのは、道理に背くことなのでしょうか。
【尼倶律陀長者が樹神をいさむるに異ならず。】
これは、尼倶律陀〔にくりだ〕が樹林〔じゅりん〕神を責めた時と同じなのです。
【蘇悉地〔そしっじ〕経に云はく】
蘇悉地〔そしっじ〕経に
【「本尊を治罰すること鬼魅〔きみ〕を治するが如し」等云云。】
「本尊を治罰〔じばつ〕することは、鬼魅〔きみ〕を治するが如し」などとあり、
【文の心は経文のごとく所願を成ぜんがために、】
この文章の意味は、経文のとおり所願を成就する為に、
【数年が間法を修行するに成就せざれば、】
数年の間、修行をしても成就しない場合は、
【本尊を或はしば〔縛〕り或は打ちなんどせよととかれて候。】
本尊を、あるいは、縛り、あるいは、打って、責めよということなのです。
【相応〔そうおう〕和尚の不動明王をしばりけるは此の経文を見たりけるか。】
相応和尚が不動明王を縛り上げたのは、この経文を見たからでしょう。
【此は他事にはにるべからず。】
日蓮の場合は、これと同じではありません。
【日本国の一切の善人が或は戒を持ち、或は布施を行なひ、】
日本のすべての善人は、あるいは、戒を持ち、あるいは、布施〔ふせ〕を行じ、
【或は父母等の孝養のために寺塔を建立し、】
あるいは、父母などの孝養のために寺や塔を建立し、
【或は成仏得道の為に妻子をやしなうべき財を止めて】
あるいは、成仏得道の為に妻子を養うべき生活費を止めて
【諸僧に供養をなし候に、諸僧謗法者たるゆへに、】
諸僧に供養したりしていますが、その僧が謗法の者である為に、
【謀反〔むほん〕の者を知らずしてやど〔宿〕したるがごとく、】
あたかも謀叛人であることを知らずに宿を貸し、
【不孝の者に契〔ちぎ〕りなせるがごとく、今生には災難を招き、】
不孝の者と知らずに夫婦になったようなもので、今生には、災難を招き、
【後生も悪道に堕ち候べきを扶〔たす〕けんとする身なり。】
後生も悪道に堕ちるべきところを、日蓮は、助けようと努めているのです。
【而るを日本国の守護の善神等、彼等にくみ〔与〕して】
それを日本を守護すべき善神などが、彼ら謗法の者に味方をして、
【正法の敵となるゆへに、此をせむるは経文のごとし。】
正法の敵となってしまっているから、これを責めるのは、経文通りであり、
【道理に任せたり。】
道理にかなっていることなのです。
【我が弟子等が愚案にをも〔思〕わく、】
我が弟子の中にも愚かな思いを巡らして、
【我が師は法華経を弘通し給ふとてひろまらざる上、】
「我が師が法華経を弘通しようとしても、少しも弘まらないうえに、
【大難の来たれるは、真言は国をほろぼす、念仏は無間地獄、】
返って大難が来るのは、真言は、国を亡ぼし、念仏は、無間地獄に堕ち、
【禅は天魔の所為〔しょい〕、律僧は国賊との給ふゆへなり。】
禅は、天魔の所為であり、律僧は、国賊であると述べているからである。
【例せば道理有る問注に】
たとえば、当方に道理がある訴訟の中に、
【悪口のまじわれるがごとしと云云。】
わざわざ悪口を交えて,逆に非難されるようなものである」と言う者がいるのです。
【日蓮我が弟子に反詰〔ほんきつ〕して云はく、】
そうした弟子に反論して日蓮が言うのには、
【汝若し爾らば我が問を答へよ。】
「あなたが、もし、そう思うならば、私の質問に答えなさい。
【一切の真言師・一切の念仏者・一切の禅宗等に向って】
一切の真言師、一切の念仏者、一切の禅宗等に向かって、
【南無妙法蓮華経と唱へ給へと勧進〔かんじん〕せば、】
南無妙法蓮華経と唱えよと勧〔すす〕めると、
【彼等が云はく、我が弘法大師は法華経と釈迦仏とをば戯論〔けろん〕・】
彼らの中の真言師は、我が弘法大師は、法華経を戯論〔けろん〕と言い、
【無明〔むみょう〕の辺域・】
釈迦牟尼仏を、無明の辺域で明の分際ではない、
【力者・はき物とりに及ばずとかゝせ給ひて候。】
力者に及ばず、履物〔はきもの〕取りにも及ばないと言われている。
【物の用にあわぬ法華経を読誦せんよりも、】
そのような、物の用に立たない法華経を読誦するよりも、
【其の口に我が小呪〔しょうじゅ〕を一反〔いっぺん〕も見つべし。】
それを唱える口で我が真言の小呪を一遍でも唱えた方がよいと言うでしょう。
【一切の在家の者の云はく、善導和尚は法華経をば千中無一、】
一切の在家の者は、善導和尚は、法華経を千中無一と下し、
【法然〔ほうねん〕上人は捨閉〔しゃへい〕閣抛〔かくほう〕、】
法然〔ほうねん〕上人は、捨閉〔しゃへい〕閣抛〔かくほう〕、
【道綽〔どうしゃく〕禅師は未有一人得者と定めさせ給へり。】
道綽〔どうしゃく〕禅師は、未有一人得者と定め置かれた。
【汝がすゝむる南無妙法蓮華経は我が念仏の障〔さわ〕りなり。】
汝が勧める南無妙法蓮華経は、我が念仏の障〔さわ〕りとなるから、
【我等設〔たと〕ひ悪をつくるともよも唱へじ。】
我らは、たとえ悪業を作ることがあっても題目だけは唱えないと述べ、
【一切の禅宗の云はく、我が宗は教外別伝と申して】
一切の禅宗は、我が宗は、教外別伝と言って、
【一切経の外〔ほか〕に伝へたる最上の法門なり。】
一切経の外に伝えられた最上の法門である。
【一切経は指のごとし、禅は月のごとし。】
一切経は、月をさす指のようなものであり、禅の法門は、月そのものである。
【天台等の愚人は指をまぼ〔守〕て月を亡〔うしな〕ひたり。】
天台などの愚人は、指にとらわれ、月を見失っているようなものである。
【法華経は指なり禅は月なり。】
法華経は、指であり、禅は、月である。
【月を見て後は指は何のせん〔詮〕かあるべきなんど申す。】
月を見て後、指に何の用があるというのかなどと述べているのです。
【かくのごとく申さん時は、】
相手が、このように言ったときには、
【いかにとしてか南無妙法蓮華経の良薬〔ろうやく〕をば】
どのようにして、南無妙法蓮華経の良薬を、
【彼等が口には入るべき。】
彼らの口に入れられるというのでしょうか」