御書研鑚の集い 御書研鑽資料
教行証御書(下)
【又諸宗の人、大論の】
また、もし諸宗派の人々が大智度論の
【自法愛染〔じほう・あいぜん〕の文を】
「自法愛染〔あいぜん〕の故に他人の法を呰毀〔きし〕せば、持戒の行人と
【問難とせば、】
雖〔いえど〕も、地獄の苦を脱せず」の文章を挙げて質問してきた場合には、
【大論の立所〔たてば〕を尋ねて後、】
まず、大智度論がどういう文脈でこれを述べているかと反論して、その後に
【執権謗実〔しゅうごん・ぼうじつ〕の過罪をば竜樹は存知無く候ひけるか。】
「竜樹は、権教に執着して実教を謗る罪を知らなかったのか」と言って、
【「余経は秘密に非ず法華は是秘密なり」と仰せられ、】
竜樹は「余経は、秘密に非ず、法華、これ秘密」と述べられ、大智度論の百の巻に
【譬如大薬師〔ひにょだいやくし〕と此の経計り】
「譬えば、大薬師のよく毒を以って薬となすが如し」と述べられ、法華経だけを
【成仏の種子と定めて、又悔い返して「自法愛染】
成仏の種子であると定められているのに、また、それに反して「自法愛染の故に、
【不免堕悪道〔ふめんだあくどう〕」と】
他人の法を毀呰〔きし〕す、戒浄を持つ人といえども、悪道に堕ちるを免れず」と
【仰せられ候べきか。さで有らば、仏語には】
述べられたのでしょうか。もし、そうであるならば、仏の言葉に
【「正直捨方便〔しょうじき・しゃほうべん〕」】
法華経・方便品の「正直に方便を捨てて、ただ無上道を説く」、法華経・譬喩品の
【「不受余経一偈〔ふじゅ・よきょう・いちげ〕」なんど】
「ただ大乗経典を受持することをねがって(中略)余経の一偈をも受けざれ」などの
【法華経の実語には大いに違背せり。よもさにては候はじ。】
法華経の真実の言葉に違背しており、まさか、そのような事は、ないでしょう。
【若し末法の当世時剋〔じこく〕相応せる法華経を謗じたる】
もし、末法の現在の時刻に相応〔ふさわ〕しい法華経を誹謗している
【弘法・曇鸞〔どんらん〕なんどを、付法蔵の論師、釈尊の】
弘法・曇鸞〔どんらん〕などを、竜樹菩薩は、付法蔵の論師であり、釈尊から
【御記文にわたらせ給ふ菩薩なれば、鑑知〔かんち〕してや】
その出現を予言された菩薩であるから、弘法や曇鸞などの邪師の出現を予見され
【記せられたる論文なるらん、】
そのことを記〔しる〕された論文であるかも知れないと述べて、
【覚束無〔おぼつかな〕しなんどあざむくべし。】
まったく、経文の理解がおぼつかない者達であると笑ってあげるが良いと思います。
【御辺〔ごへん〕や不免堕悪道の末学なるらん、痛敷〔いたわし〕く候。】
可哀そうに、あなたこそ「悪道に堕ちるを免れず」と言われている人なのでしょう。
【未来無数劫〔むしゅこう〕の人数にてや有るらんと立つべし。】
あなたこそ、未来無数劫の間、地獄を出られない人であると主張してください。
【又律宗の良観が云はく、法光寺殿へ訴状を奉る其の状に云はく、】
また、律宗・極楽寺の忍性房良観が、かつて法光寺殿(北条時宗)に
【忍性〔にんしょう〕年来〔としごろ〕歎いて云はく、当世日蓮法師〔ほっし〕と】
「忍性房良観が近頃、嘆〔なげ〕くことには、第一に、日蓮法師と
【云へる者世に在り、斎戒は堕獄すと云云。】
言う者が世に在り、戒律を持〔たも〕つ者は、地獄に堕ちると言っているのです。
【所詮何なる経論に之有りや(是一)。】
これは、いったい、いかなる経論にあるのか。
【又云はく、当世日本国上下誰か念仏せざらん、】
第二に、当世、日本国の上下万人で誰が念仏を称〔とな〕えない者があるのか。
【念仏は無間の業と云云。是何なる経文ぞや、】
そうであるのに、念仏は、無間地獄の業因と経文にないことを勝手に言っている。
【慥〔たし〕かなる証文を日蓮房に対して之を聞かん(是二)。】
その根拠となる確かな証拠を日蓮房にただしたい。」などと言っているのです。
【総じて是体〔てい〕の爾前得道の有無の法門六箇条云云。】
過去に法華経以前の諸経によって得道ができるか否かの「法門についての六か条」の
【然るに推知するに極楽寺良観が已前の如く日蓮に相値ひて宗論あるべきの由】
訴状を送ったことがあります。もし、極楽寺良観が今でも日蓮に会って法論をすると
【訇る事之有らば、目安を上げて極楽寺に対して申すべし。】
言うのであれば、幕府へ訴状を差し出して良観にこのように言うが良いでしょう。
【某の師にて候者は去ぬる文永八年に御勘気を蒙〔こうむ〕り】
「私の師匠は、文永八年に幕府の迫害にあって
【佐州へ遷〔うつ〕され給ふて後、同じき文永十一年正月の比〔ころ〕、】
佐渡へ流罪にされて、その後、同じ文永十一年正月の頃に、
【御免許を蒙り鎌倉に帰る。】
許されて鎌倉に帰ってきました。
【其の後平金吾〔へいのきんご〕に対して様々の次第申し含ませ給ひて、】
その後、平左衛門尉頼綱に対して、様々なことを言われて、
【甲斐国〔かいのくに〕の深山に閉ぢ籠〔こも〕らせ給ひて後は、】
甲斐の国の身延山に閉じこもってからは、
【何なる主上女院〔にょいん〕の御意たりと云へども、】
たとえ天皇や皇后の命令であっても、
【山の内を出でて諸宗の学者に法門あるべからざる由仰せ候。】
身延山を出て、諸宗派の学者と法論をすることはしないと述べられています。
【随って其の弟子に若輩のものにて候へども、】
従って若輩〔じゃくはい〕の弟子ではありますが、
【師の日蓮の法門九牛が一毛をも学び及ばず候といへども、】
師である日蓮大聖人の法門を九頭の牛の一毛ほども、学んでは、いませんが、
【法華経に付いて不審有りと仰せらるゝ人わたらせ給はゞ、】
法華経について不審があると言われる人がいるならば、及ばずながら、
【存じ候なんど云ひて、其の後は随問而答〔ずいもん・にとう〕の法門申すべし。】
御答えしましょう」と言って、その後は、問いに従って答えれば、良いでしょう。
【又前六箇条一々の難問兼々〔かねがね〕申せしが如く、】
また、前の六か条の難問の内容については、いつも言っている通りなのです。
【日蓮が弟子等は臆病にては叶ふべからず。】
日蓮が弟子達は、臆病であっては、なりません。
【彼々の経々と法華経と勝劣・浅深・成仏不成仏を判ぜん時、】
彼らの依経である権教と法華経との優劣、浅深、成仏・不成仏を議論するときは、
【爾前迹門の釈尊なりとも物の数ならず。】
爾前、迹門を説く釈迦牟尼仏が相手であっても、物の数ではないのです。
【何〔いか〕に況〔いわ〕んや其の以下の等覚の菩薩をや。】
如何に況や、それ以下の等覚の菩薩などは、言うまでもないのです。
【まして権宗の者どもをや。】
ましてや権教を信じる各宗派の者など、まったく相手にならないのです。
【法華経と申す大梵王の位にて、民とも下〔くだ〕し鬼畜なんどと下しても、】
法華経と言う大梵天王の位なのですから、あえて彼らを愚民とし、鬼畜などと思い、
【其の過〔あやま〕ち有らんやと意得て宗論すべし。】
決して、そう思うのは、間違いではないと確信して議論をする事が良いと思います。
【又彼の律宗の者どもが破戒なる事、山川の頽〔くず〕るゝよりも尚】
また、律宗の者どもが戒律を破る有様は、山川が崩れるよりも、なお、ひどい
【無戒なり。成仏までは思ひもよらず、人天の生を受くべしや。】
状態であり、成仏など思いもよらず、人天に生まれる事すら、できないのです。
【妙楽大師云はく「若し一戒を持てば人中に生ずることを得、】
妙楽大師は「もし一戒を持〔たも〕てば、人中に生ずることを得、
【若し一戒を破れば還って三途〔さんず〕に堕す」と。】
もし一戒を破れば、返って三途に堕〔だ〕す」と言われています。
【其の外〔ほか〕斎法経・正法念経等の制法、】
「今の律宗の良観の一門で、斎法経、正法念経などに定められている戒律や、
【阿含〔あごん〕経等の大小乗経の斎法斎戒、今程の律宗忍性が一党、】
阿含経などの大乗経、小乗経の斎法、斎戒の一戒だけでも現在の忍性房良観の中で
【誰か一戒をも持〔たも〕てる。還堕〔げんだ〕三途は疑ひ無し。】
持〔たも〕っている者がいるでしょうか。返って三途に堕す事は、疑いないのです。
【若しは無間地獄にや落ちんずらん、不便〔ふびん〕なんど立てゝ、】
あるいは、無間地獄に堕ちるかも知れず、不憫〔ふびん〕な事である」と言って、
【宝塔品の持戒行者と】
法華経・見宝塔品の「この経は、持〔たも〕ち難し。もし、しばらくも持たば(略)
【是を訇〔ののし〕るべし。】
これを戒を持ち、頭陀〔ずだ〕を行ずる者と名づく」の文を挙げて非難すべきです。
【其の後良〔やや〕有って、此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は、】
その後しばらくして「この法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は
【三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為〔せ〕り。】
三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字としたものであるから、
【此の五字の内に豈〔あに〕万戒の功徳を納めざらんや。】
この五字の内に、どうして万戒の功徳を納めていないことがあるだろうか。
【但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らんとすれど破れず。】
この万行万善の妙戒は、一度持てば、後に行者が破ろうとしても破ることができず、
【是を金剛宝器戒〔こんごう・ほうきかい〕とや申しけんなんど立つべし。】
これを金剛宝器戒と言う」と述べる事が良いと思います。
【三世の諸仏は此の戒を持って、法身〔ほっしん〕・報身〔ほうしん〕・】
三世の諸仏は、この妙戒を持〔たも〕って、法身如来、報身如来、
【応身〔おうじん〕なんど何〔いず〕れも無始無終の仏に成らせ給ふ。】
応身如来の無始無終の仏に成られたのです。天台大師は、
【此を「諸教の中に於て之を秘して伝へず」とは天台大師書き給へり。】
このことを「諸教の中に於いて、これを秘して伝えず」と書かれたのです。
【今末法当世の有智・無智、在家・出家、上下万人此の妙法蓮華経を】
末法の今の世の智者・愚者、出家・在家、上下・万人は、この妙法蓮華経を
【持って説の如く修行せんに、豈仏果を得ざらんや。】
持〔たも〕ち仏説のように修行すれば、どうして仏果を得ない事があるでしょうか。
【さてこそ決定無有疑〔けつじょう・むうぎ〕とは、】
そうであるからこそ「この人は、仏道に於いて決定〔けつじょう〕して疑い有ること
【滅後濁悪〔じょくあく〕の法華経の行者を定判〔じょうはん〕せさせ給へり。】
無けん」と釈迦滅後、濁悪の末法の法華経の行者を定められているのです。
【三仏の定判に漏れたる】
釈迦如来、多宝如来、十方分身の諸仏と、この三仏の決定に漏れた
【権宗の人々は決定して無間なるべし。】
権教の宗派の人々は、間違いなく無間地獄に堕ちる事でしょう。
【是〔か〕くの如〔ごと〕くいみじき戒なれば、爾前迹門の】
このように金剛宝器戒は、素晴らしい戒なので、それに比べれば、爾前、迹門の
【諸戒は今一分の功徳なし。功徳無からんに一日の斎戒も無用なり。】
戒は、少しの功徳もないのです。功徳がないので、一日の斎戒も無用なのです。
【但し此の本門の戒の弘まらせ給はんには、必ず前代未聞の大瑞あるべし。】
この本門の戒が弘まる時には、必ず前代未聞の大瑞〔だいずい〕が起こるのです。
【所謂〔いわゆる〕正嘉〔しょうか〕の地動、文永の長星是なるべし。】
いわゆる、正嘉〔しょうか〕の大地震、文永の大彗星が、これなのです。
【抑〔そもそも〕当世の人々何れの宗々にか本門の本尊・戒壇等を弘通せる。】
現在の人々の中で、いずれの宗派が本門の本尊、戒壇を弘通しているでしょうか。
【仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず。】
仏滅後、二千二百二十余年に一人もいなかったのです。
【日本人王〔にんのう〕三十代欽明天皇の御宇〔ぎょ・う〕に仏法渡って】
日本国王の第三十代の欽明天皇の治世に、初めて仏法が百済〔くだら〕から渡来して
【今に七百余年。前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の】
七百余年、前代未聞の大法が、この国に流布して、インド、中国、また、一閻浮提の
【内の一切衆生仏に成るべき事こそ有り難けれ有り難けれ。】
一切衆生が仏に成ることができるとは、なんと有難いことではないでしょうか。
【又已前の重〔じゅう〕、末法には教行証の三つ倶〔とも〕に備はれり。】
また、前に述べた教行証で言うならば、末法には、この三つが備わるのであり、
【例せば正法の如し等云云。已に地涌の大菩薩上行出でさせ給ひぬ、】
それは、正法の時代と同じであり、すでに地涌の菩薩の上首、上行菩薩が世に出て、
【結要〔けっちょう〕の大法亦〔また〕弘まらせ給ふべし。】
結要〔けっちょう〕付嘱をされた大法も、また、弘められるに違いなく、
【日本・漢土・万国の一切衆生は金輪聖王〔こんりん・じょうおう〕の】
日本、中国、すべての国々の一切衆生は、金輪聖王〔こんりん・じょうおう〕の
【出現の先兆の優曇華〔うどんげ〕に値へるなるべし。】
出現の前兆である千年に一度咲く優曇華〔うどんげ〕に会ったようなものなのです。
【在世四十二年並びに法華経の迹門十四品に】
この大法は、釈尊在世の四十二年、並びに法華経の迹門十四品において、
【之を秘して説かせ給はざりし大法、本門正宗に至って説き顕はし給ふのみ。】
これを秘して説かれなかったのを、本門正宗分に至って初めて説き顕されたのです。
【良観房が義に云はく、彼の良観が日蓮遠国〔おんごく〕へ下向と聞く時は、】
極楽寺・良観は、日蓮が遠国の佐渡に流罪されたと聞くと、
【諸人に向かって急ぎ急ぎ鎌倉へ上〔のぼ〕れかし、為に宗論を遂げて】
人々に向かって、「日蓮が早く鎌倉に戻ってくればよい。日蓮と法論して、
【諸人の不審を晴らさんなんど自讃毀他する由其の聞こえ候。】
人々の疑いを晴らしてみせよう」などと自らを讃え、日蓮を笑ったと言うことです。
【此等も戒法にてや有らん、強〔あなが〕ちに尋ぬべし。】
その事に「これも律宗の戒法であるのか」と厳しく尋ねてみれば良いでしょう。
【又日蓮鎌倉に罷〔まか〕り上る時は門戸を閉ぢて内へ入るべからずと】
また、日蓮が佐渡から鎌倉に帰る時には、門戸を閉じて、入っては、ならないと
【之を制法し、或は風気〔かぜけ〕なんど虚病〔けびょう〕して罷り過ぎぬ。】
出入りを禁じたり、あるいは、風邪であるなどと仮病を使って逃げたのです。
【某〔それがし〕は日蓮に非ず其の弟子にて候まゝ、少し言のなまり、】
私は、師の日蓮ではなく、その弟子であるから、少し言葉にも齟齬〔そご〕もあり、
【法門の才覚は乱れがはしくとも、律宗国賊替はるべからずと】
法門の理解も浅いのですが、律宗が国賊であるという主張は、少しも変わらないと
【云ふべし。公場にして理運の法門】
言う事が良いでしょう。また、たとえ公〔おおやけ〕の場で道理に適った法門を
【申し候へばとて、雑言・強言・】
主張できたからといって、相手を悪く言ったり、強い言葉を吐いたり、
【自讃気なる体、人目に見すべからず、浅猿〔あさまし〕き事なるべし。】
自慢気な様子を人に見せては、なりません。それは、恥ずかしいことです。
【弥〔いよいよ〕身口意を調へ謹んで主人に向かふべし、主人に向かふべし。】
態度や、言葉や、内容にも注意を払い、謹んで相手に向かわなければなりません。
【三月二十一日 日蓮花押】
3月21日 日蓮花押
【三位阿闍梨御房 之を遣〔つか〕はす】
三位房・日行・阿闍梨にこれを御渡しします。